無能な新人
誰にしても、最初からいい仕事をできるわけではない。それにしても、あまりにも物覚えの悪い新人がいた。何度言っても同じ間違いを繰り返すのだ。
映画館の業務の一つに上映後、客が散らかしたものをほうきとちりとりで掃除するものがある。
清掃後には、無線機を使って、準備完了の合図を送らなければならない。そして、お客さんに分かるようにシアターに開場を示すランプをつける。これで一通りの仕事が完了するのだ。簡単な仕事だ。
しかし、例の新人はいつまでたってもうまくいかない。というのも、第一にこの一連の仕事があまりにも遅い。よく言えば丁寧なのだが、それでは仕事として回らないのだ。それからそれから、無線機で合図を送るときに、決まって全く同じところで言い淀む。挙げ句の果てには、毎回決まってランプをつけ忘れてしまうのだ。
アルバイトたちはみんなして、新人のいないところで陰口を言った。救いようのないくらい、無能なのだから裏で言われるくらいはしょうがないのかもしれない。新人の研修担当をしてた1人のベテランが、社員の人にどうにか辞めさせることができないか相談したが、社員の人たちにはどうにもできないとのことだった。
新人は一ヶ月後も半年後も同じミスを繰り返すだけで、なんも成長しない。新人より後に入った新人にただただ追い抜かれていく。しだいに新人に対して嫌がらせのようものまで、始まることになってしまった。それにしても、なんて図太い神経の持ち主なのか、鈍感すぎるだけなのかわからないが、辞める気配は一切ない。
あるとき、1人のアルバイトがお節介と分かりながらも、勇気を出して、もう新人とは言えない新人に話しかけた。
「あなたには、もっと適した仕事があるはずだわ。他のアルバイトをすること少し考えてみてはいかが。これ以上みんなの心無い行為に傷付かずにすむわ。」
新人は何も言わずに去って言ってしまった。
感じが悪いったらありゃしない。でも正直に言いすぎたかなぁ、、心配になった。そして、ふと、彼が普段何をしてて、どんな人で、どこで暮らしているのか半年たっても、誰も知らないことを不思議に思った。
『
実は、「新人」は本社から送られてきたAI搭載型のロボットだったなんて誰も想像しなかっただろう。
新人は毎回同じミスを繰り返すようにプログラミングされていたのだ。
何故こんな生産性の低いロボットを現場に放り込んだのか。
新人が来る前、この映画館のアルバイト達はあまりにも混沌としていた。統括しきれなくなって頭を抱えた社員の願いにより、このロボットは送られてきたのだ。
「新人」が来てからはというと、、
怒りたがり屋のベテランは、今までは誰に対しても些細なことで怒りを露わにしてたのが、新人というターゲットができてからそれだけに思う存分怒れるようになった。
いつも他人任せでサボってばかりいた者は、新人との業務を任された際に、責任感を持って仕事しなければならないことを知った。人任せにすることもやめた。
不注意のせいで抜けが多かった者は、無線機を通して指摘される新人の忘れごとを、何度も模擬体験することで、自分の仕事のやり忘れを防ぐことができるようになった。
研修中の札をつけてる人は新人を反面教師にぐんぐん成長していった。
仕事がもともとできる人は、新人のミスをフォローしようともっと効率的に動けるようになった。
社員は、アルバイトたちが扱いやすくなったことに満足している。
なるほどこういう仕組みで新人は必要とされたのか。
』
事実、1人の無能な新人のおかけで、働きやすい環境になり、一人一人の意識が上がったので、全体としての生産性は前よりもよくなったのだ。
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