森林を奇麗にすると何がよいのだろう
こんにちは。
「森を奇麗にできないかな」というテーマで書き始めましたが、4編書いたところで早くも中休みをしています。 休んでいる間に思うことは、森林を奇麗にして出てくる間伐材を活用することだけでは網羅しきれない課題がたくさんあることです。
少し整理してみますね。 先ず、森林立国日本の森を奇麗にすることの効用と課題について考えてみます。 今すぐ脳裏に浮かぶ効用とは何でしょう…以下に箇条書きにしてみます。
1) 自然環境面
① 森林崩壊を防ぐ => 放置すれば木々が朽ちては生えるという循環が考えられるが、一時的には完全に崩壊する時期がありうるのではないかという仮説
② 光光合成により二酸化炭素を吸収する
③ 森林から出る水分の蒸発散により雨が降り水の循環が生じて砂漠化を防ぐ
④ 森林の力で地盤を強化する => 山国日本で頻発する地すべりなどに対する耐性を強める
⑤ 地中における保水力を維持・強化する
⑥ 野生動植物のエコシステムの重要な構成要素維持
2) 人間社会面
① 木材とその用途
a) 土木・建築材
b) 家具用材
c) 日常生活用品材(例えば、食器類など)
d) 彫刻などの工芸品の原材料
e) 再生可能エネルギー源 (木炭、バイオマスエネルギー源など)
f) プラスティックなどの環境負荷の高い化学材料の代替製品用資源
② 人間自身との関わり
a) 身体的・精神的蘇生効果 => 例えば、森林セラピー効果
b) 精神安定・鎮静効果
c) 気温の安定化効果
今書きながら 直ぐ思いつく項目を列記しましたが、この「note」をお読みいただいている方々からは、もっとたくさんあるとご指摘を受けそうです。 ぜひ、下記コメント欄にその旨お書き頂きご教示いただきたく思います。
森林管理をどうするのか
さて本論に戻ります。上記のような効用を考えることは比較的簡単そうですが、これらの効用を確実に享受できるようにためには、森林管理が欠かせません。そこで出てくる課題が、経済性であり実現するための労力あるいはその手段です。 森林管理をきちんとするためには、どうするべきなのでしょう。
上述1)は、個人や民間だけでは対応できそうにない難しい領域であり、どうしても行政が主導するべきであると思われますが、上述2)の比較的考えやすいところから考えてみます。
人間自身とのかかわり (上述項目2)-②に相当)
* 各地方自治体(場合によっては国有林を管理する国の行政組織)の荒れた森林をそれぞれの自治体の住民の憩いの場として整備開放する
* 企業あるいはNPO法人が事業として整備し、人が森林で遊ぶ楽しさや安らぎを感じる場を作っていく
木材とその用途 (上述項目2)―①に相当)
なかなか難しい領域であり私の手に余りますので、上述のa)~f)について一つ一つについて吟味することは控えたいと思いますが、一般論として国産木材を優先利用するための施策、例えば林業活性化のための資金援助やCLTなどの新建材の早期普及支援などを含む初期助成支援策や輸入木材の制限枠を設けるなどのような若干の制度改革などは必要だとは思いますが、専制国家でもない限り完璧な国家依存などはありえませんね。
その中で、重要であると考えられるのは、「木」の持つ可能性やその用途につき我々国民がよく理解をしたうえで、積極的に木でできたものを利用するということに尽きるのでしょう。 そのためには、我々一人一人が、なぜ木が大切か、なぜ木でできたものを実生活に取り込むとよいのか、なぜ木の利活用が環境にやさしく持続可能な社会づくりに資するのか、などなどについて理解を深めて「木」を実生活に取り込んでいくようになることが必要だと思います。最初の段階では、「木」の効用を訴え続ける伝道師のような人材が必要なのかもしれません。併せて根気強い広報活動も必要になるでしょうね。
そして、需要を掘り起こすこと、いや理想的には消費者側からの自然な需要が生まれることが望ましいですね。 需要が増えれば林業も活性化し木材価格も下がるでしょう。人手に依存してきた部分も機械化・IT化により極力人による労働力を減らす努力も当然行われるようになるはずです。更には、ドローンや地球観測衛星などの活用を考えれば、これまで人が立ち入れなかった場所の状況把握も容易になるでありましょう。
「森を奇麗にできないかな」というテーマについて、皆さんと一緒にもう少し考えていきたいと思いますが、賛同いただける方ぜひコメント欄からご意見をお寄せください。 お待ちしています。