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「利他的な編集」としてのファッション:「拡張するファッション演習」初回レクチャー所感(浦安藝大)

ヘッダー画像提供:Daphne Mohajer va Pesaran

浦安藝大「拡張するファッション演習」

2023年8月26日、「拡張するファッション演習」初回レクチャーが開催された。ディレクターに美術家・西尾美也、キュレーターに著述家・林央子、リサーチャーにファッション研究をオルタナティブな視点から考察しようとする私(安齋詩歩子)がメンバーに集まった。本演習はレクチャー&ワークショップの形式で10月から11月(12月)まで実施されるもので、「浦安藝大」という浦安市と東京藝術大学が連携して行うものの一環で行われる。本記事はレクチャーやワークショップの単なる解説ではなく、それを受けてファッションというものを捉え直していくことを目的とする。

日付:8月26日(土)※終了、浦安市内にて実施

出演:西尾 美也氏(美術家、東京藝術大学准教授)、林 央子氏(編集者、著述家、キュレーター、リサーチャー)
司会:安齋 詩歩子氏(ファッション研究者)

内容
対話としてのファッションという視点から、高齢化や孤立の問題について考えます。ファッションに関する市民参加型プロジェクトについての多様な事例や、さまざまなアーティストの活動を紹介するとともに、ひととひととの対話を促すファッションという観点から、この問題についての思考を深めていきます。これから浦安で行うプロジェクト「拡張するファッション演習」の皮切りの日です。本プロジェクトにご興味がある方、関わってみたい方は、ぜひご参加ください。

「拡張するファッション」とは

私たちが担当する「拡張するファッション演習」の着想となったのが、林さんが(主に) 90年代のガーリー・カルチャーやDIYブームに着目し、「別の視点」から見るファッションの歴史を繊細に編み上げ2011年に発売された『拡張するファッション』(スペースシャワーネットワーク)と、2014年に水戸芸術館で開催された上記の同名著作を展覧会化した「拡張するファッション」展である。展覧会には西尾さんもFORM ON WORDSとして参加していた。

2014年の展覧会では、FORM ON WORDSの4段階に変化するファッション・ワークショップのほかに、芸術家パスカル・ガデンによる美術館監視員の制服を彼女たち自身で作るという14日間にわたるワークショップが行われた。こうしたワークショップ形式のアート実践はもはや珍しくはなく、ファッションもまたそのシステム上「分業」が主であるが、ガデンによるワークショップはそのコミュニケーションの方法に特異性があった。ガデンはアーティストでありながら、「編集者」が用いるような傾聴の姿勢で参加者の声を拾いながら、このプロジェクトを遂行したのである。

「利他的な編集者」としてのアーティスト、デザイナー、そして「編集者」

ガデンのワークショップでは最初の8日間を対話に費やし、共同体験(藍染め)を1日間、残りの5日間を制服の制作にあてた。ガデンは「利他的な編集者」[1]として初日から参加者の「うつわ」となり働きかけたことによって、参加者を触発し、期間中参加者らが自らも講師となって教え合い、共に作るというコミュニティーを生んだ。さらに驚くことに、アーティストが去って展覧会の会期が終わってからも、監視員の有志が「手芸部」を発足し、現在では美術作家として地域の展覧会から委託制作を行うほど活動が約10年にわたり継続し、発展し続けている。これはアーティストの意図すら大きく上回るものである。

通常、アートのワークショップでは芸術家が去ったあとに芸術制作活動が継続することは稀にしかないため、上記の結果は非常に貴重な事例である[2]。2000年代以降はフリー編集者として取材対象との対話を重視し、ガデンを招聘しその効果を最大化した林は、対象者の可能性を引き出すために身を委ねあうことで自他を溶け合わせ、対象者が通常の編集プロセスよりも自発性を発揮できるよう促してきた、「利他的な編集者」の文字通りの体現者である。

試着可能な「触れられる」レクチャー

当日はBIOTOPE、i a i / 居相、スーザン・チャンチオロ、NISHINARI YOSHIO等の衣服を
自由に試着し対話する時間が設けられた。
(撮影日:8月26日)

8月26日のレクチャーでは、他にも西尾さんと西成地区の高齢者によるメゾン「NISHINARI YOSHIO」のコラボレーションの過程(例えば、いつも腕を守らなければならない知人のために、コラージュのように布地を重ね合わせ丈夫にすると同時に装飾にもなるジャケット)や、11/3(金・祝)にレクチャー&試着撮影会を実施してくださる「i a i / 居相」デザイナーの居相大輝さんの「高齢者こそ美しい」という感性と限界集落で自らの腕で染めから縫製までを一貫して行う姿勢も紹介された。

by NISHINARI YOSHIO(撮影日:2023年8月6日)

ほかに、西尾の年月をかけたCHISOU PROJECTや、求めやすい価格とクオリティで人気を博している山下陽光さんの「途中でやめる」、90年代から手芸のアプローチをファッション✕アートの文脈に持ち込んだスーザン・チャンチオロ、ファッション研究者のプラットフォームMODUS、和紙で服を作ろうとするDaphne Mohajer va Pesaran、セレクトショップを経営しながら綿花を育てるオーナーまで、様々な「Fashion in Expanded Field」の面々が紹介された。最後に、イタリアの国際コンクール「ITS」にてアート部門グランプリを受賞した「BIOTOPE」の空気で膨らむ空調服も紹介された。

by BIOTOPE(撮影日:2023年8月26日)

「拡張するファッション演習」公式プログラム

今後、「拡張するファッション演習」に関連する浦安で開催のイベントは4つあります。

  1. 「地域の課題 × アート?」(10月21日(土)13:30-16:00@浦安)

  2. 「循環する社会へ」(10月27日(金)14:00-16:00@浦安)

  3. 「あそびを装う」ゲスト:BIOTOPE(デザイナー)(10月20日(金)14:00-16:00@浦安)

  4. 「魂のもうひとつの皮膚」ゲスト:居相大輝( i a i /居相)(11月3日(金・祝)14:00-17:00@浦安)

※申込は以下のリンクからお願いします!(浦安市民等が優先になってしまいますが)

また、「まちなか展示」と称して、西尾美也+L PACK.「浦安するファッション」が10月20日(金曜日)から11月5日(日曜日)まで、浦安市内の理美容院で開催されます!浦安の方々の思い出のお洋服を集めて、高齢者の方でも足を運びやすい理容室・美容室に展示する素敵な企画となりました。

同時開催中:「パブローブ:100年分の服」

上記の「浦安するファッション」とリンクするプロジェクトとして、現在西尾さんは秋葉原にある「海老原商店」でも「パブローブ:100年分の服」を展示されています。戦時中〜以後の貴重な100年分の生活史料であるとともに、何よりそれを実際着用することができるのが素敵です。こちらも併せてご確認ください。

初日に伺うと、大量の古い服をお持ちになった御婦人にいろいろ教えていただきました。
1920年代のものもありましたが、保存状態がよく、大切に使用されていたんだなと感じました。
「パブローブ:100年分の服」(撮影日:2023年9月23日)

上記のように「ファッション・ワークショップ」で育まれた経験は、消費としてのファッションの経験から切り離し、「共同の場」としてのファッションとして問い直すことができるのではないだろうか?直接身につける物質を通し他者と交流するファッション・ワークショップは、布地が肌に触れるという情動的性質も自発的な社会参加を促す助けになるものである。今回の浦安藝大における拡張するファッション演習のメインターゲットは浦安市の高齢者の孤立化問題であるが、今後児童や高校生などの若い世代、そして障碍者などに至るまで、様々な立場の参加者と交流することで起こるインパクトが期待できる。

私はこの演習のリサーチャーという立場を通して、ファッション・ワークショップが他者との関係性および自己の身体との関係性を補完することに寄与するのかを明らかにしていきたい。そのために、ファッション・ワークショップ講師の「利他的な編集者」としての技法を先行世代から継承・実践するとともに、そこに生まれる自発性を過去の事例から分析する。さらに、ファッション・ワークショップではやわらかな布が主に使用されることから、被服/感性工学的、精神医学的な側面からも、衣服による他者との関係性の構築および自己の身体への自己感の付与の効果についても検証する。

他者による/とのエンパワメント

参加者は「利他的な編集者」であるファッション・ワークショップ講師の働きかけによって、自発性・創造性を自己の中に発見すること、また協働するコミュニティーの場にエンパワーメントされることが、上記に挙げた芸術家のファッション・ワークショップが良い事例となっている(もちろん他の例もあるし、ファッション・デザイナーでもそのような事例があるだろう)。

またファッション・ワークショップは、布をいう身近な素材を使用するため敷居が低いことから参加しやすく、また布というやわらかで心地のよい物質との戯れによる精神的効果も非常に大きい。衣服は第一の親密な他者であり、その他者とは自己像の投影でもある。ファッション・ワークショップでは通常個人の限られた選択であるファッションが、講師や参加者を含めた複数人との対話という協働のプロセスを経ることによって、個人が自分自身の衣服にとっても「利他的な編集者」となり(また逆も然り)、身体との出会いが成功するために自己感が生まれるのではないだろうか。

参照
[1]伊藤亜紗によると「利他とは、『聞くこと』を通じて、相手の隠れた可能性を引き出すことである、と同時に自分が変わることであ」り、その姿勢は「うつわのように『余白』を持つ」ことによって相手の自発性を引き出す」(伊藤亜紗編『「利他」とは何か』集英社、2021年、61頁)
[2]日比野克彦「明後日朝顔」プロジェクトや、西尾美也「感覚の選択」などは、アートプロジェクトとして機能しているにもかかわらず継続性が垣間見られる稀有なプロジェクトである。

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