日本人研究者がARCHと会社を創った話
こんにちは、ANRI榊原和洋です。
10月初旬に、ARCH Venture Partnersがベンチャークリエーションをした会社がステルス解除しました。RNAi創薬を行うCity Therapeuticsという会社です。ステルス解除後のSeriesAで$135Mの調達。Exective ChairにはRNAi創薬の雄、Alnylam社創業CEOのJohn Maraganore。Board Directorにはバイオ領域の伝説的な投資家Robert Nelson。まあ何とも豪華な布陣です。
そのCity TherapeuticsのScientific founderには二人の日本人研究者が名を連ねています。一人がOhio State Universityの中西さん、もう一人が東大の泊さん。お二人とも日本人でRNA silencing研究に関わっていたら皆知っている基礎研究者です(泊さんは以前書いたNoteにも登場いただいております)。
私自身はキャピタリストとして本件に何も関わっていません(なので内情は知りません)。関わりたくても関われませんでした。そして本件に関わられている日本人の方が他にいらっしゃることも存じ上げております(ARCHのシニアアドバイザーをしている吉川さんは泊研のご出身ですし、橋渡しに貢献されているのでしょう)。なので、スタートアップやVCを主に焦点をあてるのは誰かにお任せするとして、「日本には素晴らしい研究者がいる!」というのを叫びたいと思います(ドラマ・映画で、面白い事柄の近くにいた凡人A目線で物語がすすむやつありますよね。あれの気持ちです)。ARCHと会社を創り、Alnylamのメンバーを巻き込んでいることによって「日本のサイエンスはグローバルで戦える」ことを改めて示してくださった素敵な日本人研究者を私の勝手な偏愛と共に紹介させてください。
RNA silencingとは?
この研究領域をキャッチアップいただくには、2024年という時期はとても良いのかもしれません。なぜなら、ノーベル医学生理学賞に同領域で多大な功績を残された先生が選ばれたタイミングだからです。
(本研究領域をご存じの方は飛ばしてください)
そもそも我々の遺伝情報はDNAに書かれており、それがmRNAというRNAの一種に書き換えられ(転写)、さらにタンパク質という物質に変換(翻訳)され、生理機能を持つ物質になります。これが1950年代にクリックらが提唱し、現代の生物学の超重要な基本原理となっているセントラルドグマというやつです。ですが、20世紀後半からシーケンサーによって遺伝子が読まれるようになり、タンパク質に翻訳されないけど、何か機能を持っているっぽいRNA(non-coding RNA)が発見されてきました。そのnon-coding RNAの1つがRNA silencingに必須なSmall RNAです。
そのSmall RNAにもいくつか種類があって(siRNA, miRNA…)、自身の100倍ほどの長さを持つ遺伝子の発現制御(雑に言えばスイッチのオン/オフ、ボリュームの調整のイメージ)を行います。この発現制御機構がRNA silencingと呼ばれるものです。その機構は非常に面白く、2006年にCraig Mello、Andrew Fireが2024年にはVictor Ambros、Gary Ruvkunがノーベル賞を受賞していることから学術的な評価の高さはいうまでもないでしょう。
実用化の試みが早い米国において2002年、同分野の素晴らしい研究者が集まり、siRNA創薬のリーディングカンパニーAlnylam Pharmaceuticalsが設立します。そして、2018年「Onpattro」(patisiran)が米国で成人の遺伝性トランスサイレチン型(hATTR)アミロイドーシスによる多発性神経障害の治療薬として承認。医薬品の領域でも新しいモダリティの1つとして期待されています。
分子を「視る」研究者、中西孝太郎先生
前置きが長くなりましたが、City TherapeuticsのScientific founderのお二人は上記のRNA silencingの領域で素晴らしい研究をされている日本人研究者です。私自身が学生時代この領域を研究しており、よく知った先生方ですので、ここで勝手に少しご紹介させてください。
中西先生は構造生物学者。Å(オングストローム、10のマイナス10乗)の解像度で分子を「視る」ことができる方です。特にArgonaute というタンパク質とsmall RNAからなる機能性複合体「RISC」を視ることがすごく上手い研究者であられます(以下のイメージ)。
私自身もちゃっかり、中西先生の元ボスでもある東京大学濡木研究室との共同研究でRISCの構造論文に関わらせていただいたことがあるのですが、これがとんでもなく「くせ者」。それを視るには知見、経験、技術がいるのです。
実際に中西先生とは2016年の学会でお会いしております。NY州のCold Spring Harberという有名かつ自然がいっぱいの場所で宿泊型のいい学会でした(今見たら先日ノーベル賞をとったVictor Ambros先生がOrganizerでした)。
当時修士のひよっこ学生だった私が、CSHLでロブスターを食べながら中西先生に色々と質問させていただいたのがいい思い出です。構造生物学者は本当に分子を「視て」いるんだと感動した経験でもありました。タンパク質複合体を研究し続けてきたからこそ、分子の癖を理解し、構造決定したスナップショットから動き・機能が頭で再現できる。今回のCity Txでも彼の技術・知見がふんだんに使われているはずです。
日本のビックラボ(濡木研)をでて海外でPIになられ、ずっと基礎研究に従事しつつもスタートアップに関わる。中西先生のようなキャリアもすごく魅力的です。
生命現象を読み解く研究者、泊幸秀先生(さん)
泊さんは、かつての同じ研究分野のラボのボスであり、大好きな基礎生物学者です(本人から「さん」でと言われております)。以下は彼のラボのHPの切り抜きですが、「基礎研究って楽しいよね!」というワクワク感がキラキラした言葉で綴られています。
日本でRNA silencingといったら、まず名前の挙がる研究者。それもそのはず、ポスドク時代は同研究領域のメッカ、UMASSでAlnylamのFounderの一人Phil Zamoreのラボで研究をされていらっしゃいました。そしてご冗談でしょうと言うくらいハイインパクトな論文を立て続けに出して東大でPIになられています(Cell⇒Science⇒Cell…)。泊さんのように日本で博士号をとり、欧米のTop研究者の元で修行をし、若くして日本でPIになられた方が、スタートアップにも関与する形も素敵ですね。
泊さんの論文はただハイインパクトなだけでなくて綺麗。未知なことを一つずつ丁寧に紐解いていくように生化学実験を組み立てておられるのがいつもさすがです。また、基礎研究者らしい「遊び心」も本当に魅力的。訳の分からないデータが出たときに、それを深堀りして一つの研究テーマにしてしまう基礎研究者の柔らかい頭と発想力は、スタートアップのシーズにつながる革新的な技術と接続がいいのではないかと思っています。
常に研究を楽しんでいて、いい論文が書けたら、論文誌の表紙づくりも楽しんでしまう(論文を書いた教員がアトリエに籠って、表紙作成に勤しんだエピソードも)。そんな文化のラボからいい研究が沢山出てくるのは納得してしまうなと思います。
外野で感じたARCHのパワー
研究者への愛が大きくなりすぎてしまいましたが、基礎研究者のシーズを事業化したARCHのパワーについて、外野から感じたことにも少し触れさせていただきます。私が感じたのは、ARCHがAlnylam社の投資経験で得た、ノウハウ、人材と資金力を一気に投下することによって物事が急速に動いた気配でした。私の想像ですが、①Founderの日本人研究者達はアカデミアでの研究に没頭されるタイプで、ARCHとコミュニケーションをするまで「自分はスタートアップをやる気はない」スタンスをとられていたのではないかと思います。②また、シーズとなる技術について、彼らと話し始めた際はかなりコンセプチュアルだったと推察します。
①、②のハードルを乗り越えてあまり多くの時間をかけずに$135MのSeriesAを達成し、それを動かすに足るチームを組成してしまったことは凄いとしか言いようがありません。40年弱の彼らの歴史の中でいいシーズを見つけ、成功事例を創り、さらにその成功事例で得られたものを総動員して、また新たなチャレンジをする。王者だからこそできる「挑戦」なのだなと感じています。
日本の研究者を信じて、一歩ずつスタートアップ創出を頑張りたい
今回のCity Txの件で、素晴らしい日本人研究者がいることやtranlationがうまくできれば、基礎研究から面白いチャレンジが開始できることが見えたと思います。となると、「VC、translationを頑張れよ!」という話になりますね。そう思います。
ただ、一足飛びにARCHのように象徴的な連続起業家を連れてきて、$100M越えのSeriesAを組成して、「シーズが良ければうちが後は全部やったる!」となるのは難しい。彼らが40年活動して積み上げたものだからです。でも今の自分たちなら何ができるかなと足掻きたい。全部ワンストップではできないけれど、政府の助成金を使わせていただき、大企業人材や外部CROに助けてもらい、徒党を組んで仕掛けていくことはできるはずだと思っています。(今の状況がずっと続くとは思いませんが、今は政府の応援も大きいです)
現時点で力不足なので、スクラムを組ませていただきたいです。素晴らしい研究者を共に信じて、ポジティブなエネルギーとともに世の中を豊かにするスタートアップ創出を目指していきたいです。
最後に宣伝で恐縮ですが、ANRIではディープテックスタートアップ創出のための客員起業家(EIR)を募集しております。素晴らしい研究と共に社会を大きく変革するチャレンジに興味を持たれている方々、是非ご応募検討ください。
他のVCさんでも様々な活動をされております。こういった取り組みを長くされているBeyond Next Venturesさんは分厚いプログラムを用意されています。
京都大学イノベーションキャピタル(i-CAP)さんもEIRプロジェクトを動かしており、起業成果も出されております。
全てをご紹介することはできませんが、このようにディープテックスタートアップを創出して世の中に大きな価値提供をしようという機運は高まっていると思います。素晴らしい研究者の研究成果が事業の方でも輝く未来を目指して、一つずつやっていきたいと思います。