人工子宮のスタートアップを作りたいシリーズ #1基礎編

こんにちは、ANRIの川口(X: https://x.com/_nashi_budo_)です。
これまでディープテック × フェムテックという切り口でnoteを書いてきました。研究開発をベースとしたフェムテックスタートアップを日本から輩出するため、生殖領域の研究者・研究シーズを日々探索しております。

人工子宮スタートアップを作りたい

次世代の生殖領域として、人工子宮スタートアップを作ろうと考えており、調査を進めています。人工子宮スタートアップを作るまでをシリーズ化したnoteを書いていきます。

今年のIVS(X: https://x.com/IVS_Official)では、Next "ヒト"~次世代生殖と「子供を持てないこと」の解決というセッションを組ませていただき、モデレーターを務めます。
産学官民の様々なステークホルダーの皆様と一緒に、人工子宮をはじめとした次世代の生殖について議論するので、ご興味ある方はぜひご来場ください!

IVS time table:https://www.ivs.events/ja/timetable2024-3

それでは、まずは、一緒に人工子宮の基礎をおさらいしていきましょう。
本記事は、生殖領域やゲノム科学領域で研究されている博士学生の田中柚希さんに執筆をお願いした記事です。

みなさんは、「人工子宮」という言葉は聞いたことがありますか?人工子宮と聞くと、どの様なものをイメージするでしょうか。受精の段階から体外で発育させるカプセルの様なものをイメージするでしょうか?技術的に可能なのでしょうか?

ドイツの映像作家が人工子宮施設「EctoLife」のコンセプト映像を公開─年間30,000人の赤ちゃんをカプセル生育

早産児を救う人工子宮

実際に研究されている人工子宮の大半は、受精の段階から体外で育てるものではなく、出産予定日より早く産まれる早産児のための生命維持プラットフォームとして研究開発が行われています。早産は新生児死亡の主因と考えられています。毎年約100万人の赤ちゃんが早産が原因で死亡していると推定されており、早産児の生命維持プラットフォームとしての人工子宮の研究は極めて重要です。
※早産児に対する生命維持を行うプラットフォーム技術は”子宮”としての役割より、酸素・栄養供給並びに老廃物・二酸化炭素を回収する”胎盤”としての役割に近いこともあり、人工子宮ではなく”人工胎盤”と呼ばれることもあります。本記事では、人工子宮として表記させていただきます。

早産児とは?

通常の赤ちゃんは妊娠40週前後、約3,000gで生まれます(Fig1参照)。一般的に、妊娠37週未満で生まれる赤ちゃんのことを早産児と読んでいます。成熟期の肺と比較して、妊娠22から24週の肺はpulmonary surfactant(肺サーファクタント;リン脂質とタンパク質の混合物で、肺胞の表面張力を低下させ無気肺を防ぐ役割を担う)の産生が不足していることからガス交換の表面積が少なく、肺の状態は良好ではありません。そのため、60年以上にわたる人工子宮の研究開発では、「肺呼吸の必要性をなくすことで早産児の予後を良くすること」を目標に研究が進められてきました。また、NICUなどの発展に伴い、早産児の生存可能性の境界(生育限界)が引き下がっており、現在行われている人工子宮の研究開発は、「妊娠21週0日から23週6日前後(体重約400-600g)で生まれてくることを想定した早産児を、肺呼吸の必要なしに母体内と近い環境下で生存させる」ことを目的としたものが大半を占めています。

Fig. 1マタニティーカレンダー こども家庭庁より

人工子宮スタートアップの紹介

さて、すでにこの人工子宮をバイオベンチャーとして社会実装を目指しているVitara Biomedical, Inc.を紹介させていただきます。Vitara Biomedical, Inc.は2019年に早産児の保護と死亡率・合併症を減らすことを目的として設立されました。Vitara Biomedical, Inc.の基盤技術は、2017年のNature Communicationsに”An extra-uterine system to physiologically support the extreme premature lamb”というタイトルで投稿された論文で発表されたBioBagです。この論文の著者らの大半はアメリカ、ぺンシルベニア州のフィラデルフィア小児病院(CHOP)の医師や研究者らであり、Last authorの一人であるAlan Flake、そしてSecond authorであるMarcus G. DaveyがVitara Biomedical, Incに参画しています。

2017年の論文で示されているBioBagの1つである、UA/UV Biobagを紹介します。UA/UV Biobagの構成はFig2aに示す通りです。ポンプレス酸素供給回路(pumpless oxygenator circuit)、閉鎖流体回路を伴ったBioBag、臍帯動静脈へのアクセスの3つが主要なコンポーネントです。ポンプレス回路とは、血流が胎児の心臓によってのみ駆動される回路のことを意味し、論文で使用されていたoxygenatorはガス交換を担います。また、子羊が入っているBag部分はポリエチレンフィルムで構成された密閉された無菌環境であり、羊水を模倣した液体は再循環することなく一定の割合で交換される仕組みとなっています。臍帯には2本の臍帯動脈(umbilical artery/UA)と1本の臍帯静脈(umbilical vein/UV)へのアクセスを確保することでガス交換を行います。このアクセス部分には、抜去や閉塞のリスクを抑えるような手技の工夫がなされています。Fig2bは妊娠107日目にBioBag内で4日経過した仔羊の写真です。Fig2cはその仔羊が28日経過した写真であり、成熟している様子がわかります。

Fig. 2
a) UA/UV BioBag system designの概要図
b) 妊娠107日目の時にBioBag内に入り、4日経過した仔羊の写真
c) 妊娠107日目の時にBioBag内に入り、28日経過した仔羊の写真
Emily A. P et al.(2017) Nat. Commun. 8, 15112 より

また、この論文が出される以前である2016年にAlan Flake、Marcus Daveyら2人は、”Method and apparatus for extracorporeal support of premature fetus”というタイトルで特許を出願しています。出願されているイラストを一部掲載させていただきます。

Fig. 3“Method and apparatus for extracorporeal support of premature fetus” google patentより


いかがでしたでしょうか?人工子宮と聞いてイメージするのは球体カプセルの様なものでしたでしょうか?実際には小さな袋のようなものに胎盤に似た役割を果たすカテーテルなどをつけたもので、論文内の表現のように"Bag”の方がイメージに近いかもしれないですね。
今回の記事では、数ある人工子宮技術のうち、1つだけに焦点を当てましたが世界を見渡してみると様々なチームが人工子宮の研究開発に取り組んでいます。早産児に人工子宮の技術が適応されると、これまで助からなかった多くの命が助かるかもしれません。

次回のnoteでは、人工子宮を実装する上での倫理や規制の課題についてお話したいと思います。お楽しみに!

ベンチャーキャピタルANRIは、「未来を創ろう、圧倒的な未来を」というビジョンのもと、インターネット領域をはじめ、ディープテックやライフサイエンスなど幅広いテクノロジー領域の大学発スタートアップにシード期から投資を行っております。

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参考文献
https://www.jsog.or.jp/citizen/5708/
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0143400422004283?via%3Dihub
https://prenatal.cfa.go.jp/pregnancy-and-childbirth/body-changes.html
https://www.jstage.jst.go.jp/article/iryo1946/61/4/61_4_235/_pdf
https://obgyn.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/pd.5821
https://www.nature.com/articles/ncomms15112
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000592914.pdf
https://www.sciencedirect.com/topics/medicine-and-dentistry/pulmonary-surfactant
https://www.crunchbase.com/organization/vitara-biomedical
https://www.research.chop.edu/
https://patents.google.com/patent/US10945903B2/en

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