R&D組織におけるコミュニケーション活性化と研究開発レベルの関係について
1 緒言
日本企業が持続的な競争優位性を確保するためには、適切な研究開発マネジメントを行い、研究開発レベル向上を図る必要がある。研究開発レベルを示す日本の論文被引用回数占有率が近年低下傾向にあるが、研究開発レベルの構成要素であるヒト・モノ・カネのうち、ヒト・カネは主要国の中でも充実している(1)。一方、日本企業の研究開発戦略における重要な項目として“R&D部門内の構成等の組織改革”が指摘されていることから(2)、研究開発組織のマネジメントが日本企業の研究開発レベル向上に重要であると言える。
本研究では研究開発組織と研究開発レベルの関係に着目し「研究者間コミュニケーションが活発な組織は研究開発レベルが高い」という仮説を立てた。燃料電池関連特許データを用いて、特許1件ごとの発明者間のつながりをリンク、被引用回数を研究開発レベルとして定量化を行い仮説の検証を行った。
2 本研究の分析方法
2-1 分析対象技術の選定
本研究の分析対象技術に必要とされる条件として、研究開発レベルは一朝一夕では向上しないため、数年間ではなく10年以上の中長期の研究開発が行われている技術であることや、当該技術の研究開発を行う際に積極的な研究者間コミュニケーションが必要とされること、企業間の比較分析を行うため10年以上の中長期にわたって当該技術分野の研究開発を行っている企業が最低5社程度存在すること、分析対象データである特許情報を網羅的に収集可能なことなどが挙げられる。
本研究で選定した燃料電池は、1960~1970年代に研究開発が開始されてから実用化されるまで30~40年近く経過しているため、研究開発成果である特許情報をベースに長期間にわたる組織能力を分析できる(3)-(5)。本研究では表1の条件で抽出した特許のCSVデータを基に分析を実施した。
2-2 研究開発レベルの定量化
研究開発レベルの定量化には被引用回数データを用いるが、日本特許データベースの被引用特許データには2つの問題点がある。
1点目は、先行技術調査時に発見され拒絶理由通知に記載される文献と特許査定となり登録特許公報上に【参考文献】が同一であっても重複して収録されてしまう問題が生じる。つまり、本来であれば同一特許であるため、被引用回数が1回であるのにも関わらず2回としてカウントされてしまう。2点目は、同一企業の被引用回数も含まれてしまっていることである。例えばX社が出願した特許Aがあり、数年後に改良特許A’を出願し審査請求を行った場合、特許Aと改良特許A’は技術的内容が似ているため、特許庁審査官の先行技術調査時に改良特許A’の引例として特許Aが引かれる可能性が高い。自社からの被引用回数が圧倒的に多い特許の重要性が高いのではなく、あくまでも他社からの被引用回数が多いことが特許・技術の重要性の高さにつながる。これらの問題点を解決するために、本研究では図1のような被引用特許データ加工を行い、より実態に即した被引用回数を基に分析を行った。
2-3 発明者間コミュニケーションの定量化
発明者間コミュニケーションの定量化には発明者間のリンク数を用いる。図2に示すとおり、発明者間リンクの形態には「完全結線」と「ヒエラルキー」の2種類ある(6)。研究開発組織に所属する発明者は、組織図上は主管研究員・主任研究員・研究員などといったヒエラルキーが構成される。しかし、上下方向のヒエラルキー間のコミュニケーションだけではなく、同ヒエラルキー間でも横方向に相互にコミュニケーションを取っていると考えられるため、本研究では発明者間リンク数を「完全結線」として算出した。なお同一出願年に同じ発明者の組み合わせで複数件特許出願することがあるが、出願を行う前段階でコミュニケーションが発生していると考え、重複については除去していない。
3 発明者間コミュニケーション統計諸量
図3に累積発明者数と発明者間累積リンク数の関係について示す。横軸の累積発明者数とは1981年~2003年の間に1件以上の特許出願を行った発明者の総数であり、縦軸の発明者間累積リンク数は、各年・各特許ごとに算出したリンク数の総和である。つまり横軸方向に大きい値をとっている企業は、燃料電池研究開発にヒト(=発明者)という資源を、より多く投入していることを意味する。また縦軸方向に大きい値をとっている企業では、発明者間の共同出願特許が多いことから、燃料電池研究開発をする上で発明者間のコミュニケーションが活発に行われていると言える。
一般的な傾向としては発明者数が増加すればするほど、発明者間リンク数が増加すると考えられる。しかし、分析対象企業中で最多の累積発明者数738名であった東芝の累積リンク数はパナソニックや日立製作所・三菱重工業・三洋電機などに比べると小さい。
この理由として、東芝は全2,649件中993件(全体に占める比率は約40%)が0リンクである発明者1人による特許出願であることが挙げられる。図4にリンク数0(発明者1人)特許の占める比率について示した。最多累積リンク数のパナソニックは全出願件中リンク数0(発明者1人)特許は約10%の170件である。同様に日立製作所・三菱重工業・三洋電機の各社は0リンク特許が少なく、複数人で共同研究開発した成果を特許出願していることが分かる。
図5に累積被引用回数と発明者間累積リンク数の関係を示す。縦軸方向に大きいほど発明者間コミュニケーションが活発であり、横軸方向に大きいほど研究開発レベルが高いことを示す。富士電機を除き、発明者間累積リンク数と累積被引用回数には正の相関があることが認められる。つまり発明者間コミュニケーションが活発になればなるほど研究開発レベルが向上することが分かる。
しかし、パナソニック、日立製作所、三菱重工業、三洋電機は発明者間累積リンク数が6000~8000程度であり、発明者間リンク数が他社と比べて極めて多いが、発明者間累積リンク数が累積被引用回数の増加にはつながっておらず、図6に示すように東芝や富士電機は発明者間コミュニケーションを行っていないリンク0(発明者1名)特許比率が高い。これは当初の仮説である「研究者間のコミュニケーションが活発な組織ほど、研究開発レベルが高い」と矛盾している。
4 発明者ネットワークマップ分析
発明者間コミュニケーションの形態について定性的に把握するために、発明者相関分析システムICORASを用いて発明者ネットワークマップによる定性的な分析を行った(7)。図7に東芝・富士電機・三菱電機および三洋電機4社の発明者ネットワークマップを示す。東芝・富士電機は1層目(黄色)から4層目(青色)までコミュニケーションのハブとなっている発明者が存在していることが分かる。よって、特定発明者が長期間にわたってプロジェクトマネージャー(発明を生み出す中心人物)を務めるのではなく、プロジェクトマネージャー(発明を生み出す中心人物)が定期的に入れ替わっているか、複数の発明者に権限を与え複数のプロジェクトを進行させていると考えられる。一方、三菱電機・三洋電機はコミュニケーションハブ発明者が3階層目で止まっており、かつ東芝・富士電機と比べると3階層目のコミュニケーションハブ発明者数が少ない。特に三洋電機はレイヤー別の発明者間のつながりがないことから、分析対象期間である約20年間にわたって研究開発体制が固定化されていると予想される(図8)。
結論
本研究では、
発明者間リンク数の累積値と被引用回数の累積値には正の相関があり、発明者間リンク数の増加が研究開発レベル向上につながる
同じ発明者間のリンク数増加ではなく、新たな発明者間リンク数増加による発明者ネットワークの拡大が研究開発レベル向上に寄与する。
の2点について明らかにした。研究開発組織を活性化させるという観点に立つと、組織の管理者は同じ発明者間のコミュニケーションを活性化するだけではなく、新たなプロジェクトチームを設立するなどして発明を生み出す中心人物であるプロジェクトマネージャーを配置し、新たなメンバーとのコミュニケーションを生み出すことで、研究開発レベル向上を目指すことが望ましい。
参考文献
文部科学省、科学技術要覧 平成21年版
文部科学省、民間企業の研究活動に関する調査報告 平成 13 年度
特許庁、特許出願技術動向調査 燃料電池(平成12年度)、2001
特許庁、特許出願技術動向調査 燃料電池(平成18年度)、2007
腰一昭ら、リン酸形燃料電池の現状と今後の展開、富士時報、Vol.81、No.3、p198-202、2008
沼上幹、組織デザイン、日本経済新聞出版社、2004
三宅雅、発明者相関分析システムICORASの開発、知財学会・第5回年次学術研究発表会、2007