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(仮)トレンディ電子文 第20回:「ファイト!」と「ご乱心」(1)

「どういうところと通ってきたかっていうことよりもね、
そこで何をあんたが吸収してきたかっていうことだと思うわけよね。
理想論かもしんないけど。でも周り中のすべての人間にあなたの良さを分かってもらおうというのは無理なことだけど、分かってくれる人もどこかに一人はいるかもしれないとかね、誰かに分かってもらおうとするとか、そういう風に思うことだって素敵なことじゃないだろうか。ファイト!」

「中島みゆきのオールナイトニッポン」1982年5月4日

 ラジオ番組リスナーの、中卒の女の子からの手紙(オールナイトニッポン)がきっかけで作られた中島みゆきの「ファイト!」が、トレンディ期前夜の日本の空気感を色濃く残した楽曲であることは間違いがない。そこで歌われているのはままならない、現状を変えることができないという宿命の中の闘いである。対決し、何かを勝ち取るばかりが闘いではない。「闘う君」たちは中卒で仕事をもらえない、助けもせず叫びもできない、田舎の町を出ていけない、そして力ずくで男の思うままにならずに済まない…とできない、叶わないづくし、自分の力でどうすることもできない状況の積み重ねで、しかしそうした境遇からお前の力で抜け出せとも、もちろん置かれた場所で咲きなさいともこの曲は歌っていない。ふるえながら登る。傷つくことは避けられず、別の可能性の場所へと逸れていくこともできない状況を歌詞は(例えば"変えていけ"というような感じで)決してひっくり返さない、しかし故に「ファイト!」という言葉は、それ以外に言いようのない切実さを孕んでいる。それはその時代の中の、極めて正確な無力さと優しさだったと言える。

 歌詞中に登場する「魚たち」は生まれた場所に戻ってきて=縛られて生涯を終える、恐らく鮭のことであろうが、「魚たち」の生きるのは、その逃れられない宿命を、ただ中へとふるえながら登っていく「川の生」である。その生と逆に、きらきらと「小魚たち」の生きる、諦めという名の鎖を身をよじってほどいてゆく「海の生」が歌詞中にはある。非常に見逃されがちであるが、それらは作中で「対比」をされている。出場通知を抱きしめて海になる(=脱出に成功する)のはあくまで「あいつ」なのであり「闘う君」とはまた別の存在なわけだ。そして楽曲中「ファイト!」という言葉に呼応するのは一貫して「川の生」の「闘う君」たちである。この掛け声がどこか高次に存在することにより、「川の生」たち複数の無力さ・ままならなさが、相互に顔の見えないような閉塞感を持ちながらも「連帯」をまた持っているようにも聴こえる。その点こそが同楽曲の最大の美徳であり、宿命の中の連帯というタームはその後の「二隻の舟」という楽曲で同志愛にまで高められた形で結晶化するだろう。

 リリース時少なくともファン以外にとっては「知る人ぞ知る」であったこの楽曲は、トレンディ期を通過した94年に不意を衝くかのようにCMソングとなり、以降名曲として折に触れ注目され続けることになる(そのきっかけはカヴァーの時も、はたまた盗作の時もあった)。バブルがはじけ再び時代がポスト・トレンディの、「闘い」のフェーズに入ったと言わば言えるが、しかしそこにはやはり時代に即した受容の「変化」がある。音楽誌の当時の広告では、Yシャツ姿のサラリーマンがアップで写され、「ファイト!を聴いてから通勤します※。中島みゆきを聴いてラクになった。」とコピーが記される。ホワイトカラーの都市生活者が自身を鼓舞するためにこの曲を聴く、という事が半ば公式で謳われたわけだが、再注目以降の「ファイト!」はサビの歌詞のみをリフレインし、社会をたくましくサヴァイヴしていくため、口ずさむ者自身の鼓舞のための楽曲という側面を大きくさせることとなる。原曲にあった複数の無力さ・ままならなさや宿命は置き去りにされ、従って「ファイト!」した先には当然ソリューションやサクセスが見込まれる。そこに「連帯」はなく、頑張っている自己と「闘わない奴ら」への過剰な蔑視さえあれば好きなだけこの曲を自分に寄せることが可能なのは、昨今の著名人たちによる同曲の「わが物化」を見れば一目瞭然だろう。「闘う俺」と「闘わない奴ら」で構成された世界…しかしそれを批判しようにも、その再注目以降の異解釈が6年後の「プロジェクトX」のタイアップ楽曲や、10年後のジャニーズへの提供曲へと繋がっていったこともまた、想像に難くないのだった。

 ところで、ふたつの時代の「ファイト!」解釈のあいだで作者は、決して沈黙していたわけでも、スランプにあったわけでもない。その間には「ご乱心の時代」と呼ばれる、楽しく重く軽やかな冒険の時代があった。

(つづく)

※94年発刊「BRIDGE」に掲載。手元に現物無く記憶から辿っているので若干文言は違う可能性がある。


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