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(仮)トレンディ電子文 第2回:マサカズ様の1988年、1992年(2)

「俳優という花の根っこの部分や、ほかの俳優たちがどれだけ鍛錬してその場にいるのかを見極められなかった。だからこの程度の俳優にしかなれなかった」  ※日刊スポーツ 自己評価は「この程度の俳優」田村正和さん、ハートも二枚目だった

 もちろん「この程度の俳優」などと思っていいのは本人だけである。田村の表情、眉間、仕草や喋りのクセ、ボンカレー、スカイナー、国際電話0041、それらをちょっと想起するだけで匂い立つビビッドな時代性に自分はただただ「偉大さ」を感じずにはいられないのだから…ところでここで書きたいのは「トレンディ」(1986-1992くらいと思ってください)なのだった。自身の記憶を辿っていくとそこには田村原体験として「1988年のマサカズ」、もとい石橋貴明が浮かぶ。「とんねるずのみなさんのおかげです」のコント「それいけ!マサカズ」の中で、何度も使われる言葉は「後ろ髪長いですか」。長いです…当時でさえ田村の髪型は独特だった、と幼少の自分は思っていた。そして幼少の自分は彼を格好いいとは把握していない。88年は本人もお気に入りの「ニューヨーク恋物語」の年だ。88年のフジ作品にも関わらず、この作品は「トレンディ・ドラマ」とは一般的に括られない。日本国内で如何に舶来要素を詰め込むかではなくそのまま海外ロケを敢行してしまった、という意味でこの作品は「日本語ロック論争の裕也さん」的なダイナミズムがある(もちろんセリフはほぼ日本語なのだけど)。田村演じる田島の一盛一衰は相当な振り幅で、彼の現代ものでこれほど外面が変化していくのは異例だったが、その変化(アルコール中毒となり家も失う)ゆえに寧ろ失われない「美形の天分」のようなものがやはり際立つようで、悲壮な展開とは恐らく誰にも映らない。そうした泥のつかなさ加減をもって「トレンディ」と括れる部分は確かにある。

 そんな時代の置き土産のような作品が、八木康夫・山元清多という気心の知れた制作陣と作られた単発ドラマ「ローマの休日」(1993正月放送、なので撮影は1992年。トレンディ期内ということでひとつ)だ。ニューヨークで浅野ゆう子と共演した「ティファニーで朝食を」(1992)に続く海外ロケ・翻案ドラマの第2弾で、ある意味「ご褒美」的に作られたのかと思うほど中身の詰まっていない、始終気の抜けた作品。元ネタをなぞるようでなぞらないところが適当で面白く、ヒロインの安田成美は川嶋紀子/小和田雅子の間の年らしく「お妃候補の"人違い"」という設定(田村は新聞記者ではなくキャスター。「パパニュー」の援用だろう)。劇伴の林哲司仕事もデジタルかつナチュラルな仕上がりで、加藤和彦の最終ソロ「ボレロ・カリフォルニア」(1991)を思い出す質感だ、というかこのドラマ全体が「ボレロ~」の「気の抜けた優雅さ」を保っているとも言える。金銭的部分も含めとにかく「ゆとり」で溢れている。見ていてつくづく感じるのは、本来田村の演技のコアな部分というのは、「キャラクター」という自覚の元で積み上げていくような融通の利かなさは無いという点だった。随所で表われるキメの表情、一瞬考えるときの「うーん」というあのポーズ。それらは三谷作品や「マサにガスだね」などのセルフ・パロディ的相貌からはギリギリ踏みとどまる形で、「ベタに」自然なものとして楽しめる。存在に実地的な説得力があるというか...飛躍して言ってしまうと、トレンディとは田村や先ほどのトノバン盤のような存在、美であり生活でもある「中間的」存在をベタでいさせられる環境、心情、距離のことではないか。

 ベタでいさせるだけの距離、とは例えば石橋貴明が終始田村に「敬意ゆえの距離」を取っていたということでもある(「ローマ~」で安田成美、三谷の作品群で鈴木保奈美と共演しているのに!)。そういえばとんねるずがよくパロディー化していた人物と言えばショーケンだが、田村の「うちの子にかぎって...」前後の2時間ドラマ仕事の中には、連城三紀彦原作の「もどり川」や神代辰巳監督による「奥飛騨二重心中」と、どういうわけかショーケン近辺の作品が存在する。ショーケンとマサカズ、全然繋がらないような気もするが当時は「色気」方向の近しい存在と見做されていたりしたのか。だけれども、90年代ショーケンの(今からすればごく瞬間的な)「いいおじさん」モードには「うちの子~」以降の田村の三枚目役が何かしら影響を与えたのだろうとは思う。そこに追加で「老優」としての研磨が無いままに亡くなった、という大きな共通点ができてしまった。

 その事を自分はとにかく「悲しい」と思う。何度も言うが、見たかったのだ。スターとして放った光が、目を凝らしてやっと輝いてくるような状態を。その輝きと共に生きた時間が失われ"つつある"ということの肯定を。

 

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