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(仮)トレンディ電子文 第30回:トレンディ期の高橋幸宏(2)

 「大人の純愛3部作」は90~92年のトレンディ後期、要するにバブルのピーク~崩壊の時期にリリースされた。バブルのピークまでの上り調子の時期にリリースされた、同じEMIの松任谷由実「純愛3部作」(因みに売上が上昇し続けた「Delight~」から「天国のドア」の3枚はジャケットに映る彼女の目線がすべて上向きで、横ばいになった翌年以降のアルバムは目線がフラットというトリビアがある)終了直後からのスタートでもあり、「1%の関係」などは明確に松任谷楽曲へのアンサーであったと本人の口からも語られている。この「時期のちょっとのズレ」が同3部作を上昇志向へと導くことなく、センチメンタリズムや情けなさ方向へクローズ・アップできている所以だとしたら(確かにego~ミカバンドは比較するとハイブロウである)それはユーミンの「続編・姉妹編」を書いているという事にもなろうし、実際「天国」というキーワードが双方(の90年作)に出てきもする。しかしそれを例えば「男ユーミン」と括ってしまうと、当時その言葉で最も語られたひとりである大江千里の歌詞世界とのあまりの違いを説明できなくなってしまう。その違いを簡潔に説明すれば「大人の純愛3部作」は、松任谷由実の作詞メソッドを男性もやってみたという作品群ではなく、男性に置き換えた故の「変形」を表した作品群であると言える。その「変形」の最たる顕れが、作詞において鈴木慶一と幸宏(≒雪之丞)という「同性の二人組」体制がある―という点ではないか。そもそも3部作の1作目冒頭からして「友だちがおりてくる 天国から」という歌詞がくるのだった…この時期の日本語詞にあるセンチメンタリズムや情けなさが、中年男性のあるクラスタのナルシシズムを刺戟し、何やらクローズドな「俺(男)たちにしか分からない世界」的な魅力だと語られることが多々あるのもそうした「ホモソーシャルの可能性」を孕むからだろう。ベスト盤の公式ライナーノーツですらそんな筆致だったりもして驚いてしまうのだが、改めて聴き直してみて、流石にもう少し深度があるという気もしてくる。

 ここまで「微弱さ」を3枚貫き通して形にできたというのはやはり特異なものがあるように思える。ニール・ヤングのカヴァー含む3枚のオープニング・トラックの押しの強くなさなど、まあよくこの時代に通ったなという感じで、反って本人のアーティスト・パワー(というかエゴ)は張りつめているように感じる。「男のやるせなさ」的な苦くも口当たりのいいイメージはあくまで表の顔で、ここにはもっと本気で切実な「神経症からの治癒」が「経過」として3枚のプロセスに強く込められているのではないか。経過とは言い換えれば「Broadcast~」の聖から「Lifetime~」の世へと至る言わば社会復帰までの道行で、あいだの「A Day~」は(「空気吸うだけ」なまでに)純化された生だろうか。鈴木慶一の役割も、アルバム毎の色濃さの淡化を考えると現世へと「戻ってくる」ための随伴者(スウ―ド・カップル的な)だったのかもしれない。パワーダウンではなくスタイルとしての微弱さと言い換えてみればそれはアンビエントの作用としてすら聞ける部分もあり、打ち込みと生音の配分バランスというか聴こえ方が3枚を経て如実にオーガニックへと向かっているのも、90年代の「癒し」方向を準備しているかのようだ。これはテクノロジーの旗手の面目躍如だろう。

 今この時期の作品を聴くのであれば、アルバムよりもサブスクでプレイリストを作り、ニューウェイブ期/エレクトロニカ期までいっしょくたに織り交ぜつつ聴くほうがいいような気がする。自分もそうして聴いてみて、時代時代で様々な変遷をしてきたように思っていた彼のキャリアが意外なほど「ロマン」の横溢という意味で一貫していることに驚いたのだった。そのロマンとは、いついかなる時も「時流のど真ん中から1歩引いた地点」からの視座ならではという感じもし、時流のど真ん中に図らずも収められてしまった「YMO」からの反動、というよりはやはり治癒への道筋というのが相応しいのではないか。トレンディ期は内省の一方で「日本のポップスの中でヒット曲を作らなければいけない」という強迫観念があったとも後年語っており、故に「1歩引いた」スタンスとキャッチ―な日本語ポップスとの折り合いの微妙さも正直言えば感じられる。それはこの時期の再評価のしにくさの一因でもあったのだろうが、オールタイム・プレイリストによる一貫性の表出―「Lifetime~」収録の「MIS」のようなサービステイクも、いまサブスクで混ぜこぜで聞いてみてこそその変わらぬ「本物さ」を実感できるのだ―は本当に新たに出会えた一面で、アーティストとしての総体は今後ヨリくっきりとしていくのだろう。本は書き加えられてゆく。

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