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(仮)トレンディ電子文 第6回:トレンディ・ドラマ再見(4)

 「抱きしめたい!」は人気があるのでトレンディ・表象の始祖として歴史的意義、のようなものについて語られたり特集が組まれたりする機会は多いし(単独ムックもある。そこで浅野温子は「(トレンディな内装は続編を通じて)最終的に木のぬくもりに落ち着いたんだと思う」と語っている...泣)、野島伸司のトレンディ・ドラマも彼の「黎明期作品」として文脈は様々にせよ言及される事はよくある。あまり語られないのはむしろ「トレンディ期真っただ中のドラマ群」のほうだろう。FODでは「ハートに火をつけて!」(1989)「世界で一番君が好き!」(1990)を見ることができる。いまこれらを熟視するとどんな風に映るだろう。「あるある」的なパターン以上の観照をなにか得ることができるのだろうか。

 「世界で一番君が好き!」は冒頭から相当なバカバカしさに耐えなければならない。新幹線の車内で口から吹いたビールを浴びる、という最悪のめぐり逢いをしてしまった華(浅野温子)と公次(三上博史)、と万吉(布施博)。お互いにいがみ合いながらもどういうわけかその後も偶然に会ってしまい、更に公次に惹かれるちひろ(工藤静香)や華に未練たらたらの元彼(益岡徹)が登場、華に惹かれる万吉と共に多角的な恋愛感情が絡まりもつれていく...と「トレンディあるある」ここに極まれりなプロット。恋愛の成就をどこまでも先延ばしにしていくシナリオ(と言いつつタイトルは「世界で一番君が好き!」なのだから結末は決まっている)はまさに王道的なトレンディ・ドラマとしか言いようがなく、この情報だけだと今の人はほぼ全員全く見る気がしないのではないだろうか。このドラマには伏線も謎も答えも存在しないのだから...しかし、そうした円熟期ならではな退屈さだけでこのドラマは終わらない。定石をどこまでもなぞる故の過剰な反復が、恋愛の成就の「外側」に、妙な切なさをパラパラと残す。徹頭徹尾成就のない男として「主役二人」を都合よく動かすためだけに描かれてしまう万吉は、最終話近くでいよいよ惹かれ合う主役の二人(華と公次)を認めざるを得なくなり、非常にシリアスな形で恋愛の舞台から退場するのだが、前述「すてきな片思い」中の野茂と潮崎のパターンとは明らかに様子は異なる。男性同士の友情内に派生するコミュニティがここでは恋愛の勝利に紐付けられた予定調和とはならずに、寧ろ恋愛の敗北に、「相反する感情のある友情関係」として未解決を孕んで強く結びつく。ここにおいて万吉は、成就のふたりを食う「主体」としての存在感を急速に露にする。万吉がここのターンで(納得や友情の回復ではなく)情けなく敗れたままの状態で存在することに、誰もがちょっとした「予想外の驚き」を感じるのではないだろうか。これは布施の演技がそれだけ実体があるとかそういう事ではなく(もちろん上手なのだけれど)、脚本・演出の意図による「男女二人きり」の定石からのずらしを目論んだ、パブリック・イメージの「トレンディ」からの拡張を意味するスポット照射なのではないか。

 そしてもうひとつ、ヒロイン・華の存在感自体が「定石からのずらし」そのものであるとも言えないだろうか。華は劇終盤に至るまでほとんど恋愛における決定的な感情を示すことはなく、周りの人物の恋愛感情に振り回される存在として描かれる。折り畳み式の自転車で副都心へ出勤し、家では一人で「サイロ」という謎のトレンディ・ゲームに楽しみ、宅配で来たピザ屋に一方的にグチる華はどうも「おひとりさま」とか「○○女子」と呼べるような雰囲気が無い。もちろん絵空事な経済的余裕もその理由だろう。しかしそれより大きいのは、元恋人との距離感、仕事上の立場、仲間内での関係性などで華がその劇中の人物で一番似ているのが他でもない、同じ独り身の公次だという点だろう。各々が暮らす部屋のトレンディ空間と相まってふたりはほとんど同質の充足で包まれており、そこに「お互いが必要」という契機や役割の振り分けがほとんど存在しない(とは言え「女ってのは...」と荒っぽく捉えられる描写ももちろん多くある。特に万吉から)。浅野温子のモノマネの元ネタとして知られる例の「だはっ、だはっ」という奇妙な笑い方は、(常に本人不在のまま進行する)華を取り巻く様々な恋愛の思惑を曖昧に濁す時にたびたび発せられるのだが、ここに逆説的に「あるはずのもの」として浮かび上がるものは、"選び取る者"としての主体性だとは言えないか。最終話のラスト・シークエンスまで「成就」は徹底的に延長され、そして主体的な二人の「同質性」故に、その成就はほんとうに新しく映る。

 それらを「トレンディ・ドラマらしい反リアル」の表れと批判的材料にのみしてしまうのはあまりに勿体ない、というのが2021年の自分が抱く率直な感想なのだ。

(つづく)

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