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(仮)トレンディ電子文 第11回:稲村ジェーンのJAWS(1)

 TVで流れていたのかどうかは定かではないが、サザンオールスターズの「東京VICTORY」という曲ほど今回のオリンピックにジャストフィットした曲はないのではないかと思う。「友よforever young」「果てしない空と海の青さ」などの感情の発生のしようのない無のワード群(あげく「川の流れのように」なんてフレーズも登場する、無だ)、そして合間に唐突に登場する「私を抱きしめ守ってくれた人はもういない」という、なにやら切実な悲しみ。今回のオリンピック大会が「失われたもの」以外の何がしかをひとつも惹起することがないという事を象徴するようではないか。そしてこのタイミングで、今まで再上映もソフト化も長らくされてこなかった桑田佳祐監督作品「稲村ジェーン」が初DVD化され、個人的にはより過去に目を向ける契機にはなってしまっているのだった。

 多くの人と同じように、曲の合間に映画鑑賞中のシチュエーション・コントを挟んだ(しかも独立していないのでスキップできない)悪構成でありながら、およそ130万枚を売り上げているサントラのみでこの映画を知っているわけで、買った当初から聴くたびにその内容を妄想していた。宣材で出てくるミュゼットの50~60sイメージやほとんどの楽曲を通じて現れているスパニッシュ~ラテン意匠などから、ザビア・クガート楽団を効果的に使用し独特な耽美的ノスタルジーを形にしたウォン・カーウァイ監督の「欲望の翼」をどうしても想起してしまい、ましてやその作品を何度も劇場に足を運ぶくらい偏愛しているので、「稲村ジェーン」とは加勢大周が何らかのレスリー・チャンなのだ(加勢はのちに台湾で活躍する)とまでは思わないにせよ、桑田なりの「湘南ノスタルジー」的美感の結晶、ビートたけしの論評から鑑みても物語としては大したことなくてもイメージ・フィルムとしては鑑賞に堪えうる仕上がりなのだろう、と期待は実に勝手に、気分次第で高まっていた。今回のソフト化はまさに待望だったわけだ。

 具体的な作品の話を書く前に、トレンディ期(しつこいようですが86~92年くらいです)の桑田佳祐についても振り返っておいたほうがいいように思う。サザンの活動が休止し、復活後も外部プロデューサーや演奏家が多く出入りするようになったという、ちょっとしたサザンの解体期にあたるが、その一方で売上は右肩上がりだった時期である。たまたま読んだ91年の小説で登場人物のカラオケのレパートリーが「懐かしのサザンメドレー」と出てくるのだが、この時期のサザンの立ち位置の独特さを表しているように思う。旬を維持しつつ「サザンが流行っていた頃」と70年代末~80年代を括ることも可能だったということは、ひとつに00年代以降の「サザンは常に同じ感じで流行っている」という撞着状態にはまだ未踏だったということでもあるだろう。この時点(トレンディ期)ではまだ「涙のキッス」も出ていないのだけど、「世に万葉~」という、混沌としつつも聴き味がエッジーな作品が出た前と後では、サザンのイメージは随分異なるのではないか。売れなくなったり解散したりする可能性が当時はまだあったという感じだったのではないだろうか。準懐メロ状態のサザンというのを想像するのは少し楽しいが…

 KUWATA BANDからソロ初作までの桑田の作品は、それまでのサザンの作品中にあった「こんな感じ」という仕上がりへの踏み込み方―それはよく言えばダイナミズム、悪く言えばアマチュアリズム―を払拭していく過程ともいえる。KUWATA BANDを後追いで聴いたときに思ったのも、パーカッションとギターの楽曲中の働き方がサザンより明らかに高次というか、「あるべき音」として機能しているという事だった。次のソロ初作「Keisuke Kuwata」の桑田×小林武史のタッグとなると、もう全てがの音が決め打ちの嵐という感じで、「真夏の果実」前哨戦という趣の「いつか何処かで」など、小林が「ボトルシップのような作りこみ」と喩えたそのままの超構築具合なのだった(歌番組で松下由樹が素っ頓狂なハーモニカの当てぶりを行っていたのも「隙の必要」という意味ではむべなるかなというところではある)。88年以降のサザンの活動も、この種の作りこみが「AOR意匠」的に引き続き延長された形で行われていたのは周知のところだろう。そう括れる作品でなくとも、プリンスとビーチボーイズを掛け合わせたような「女神たちへの情歌」も、Cメロ以降で急にドラムが生になるなど秘かなギミックで溢れた「さよならベイビー」も、「聞き心地」にフォーカスを当てれば実にウェルメイドなのだ。件の「懐かしのサザンメドレー(91年当時)」という認識も、もしかしたら当時の彼らが「円熟」と見做された故に可能な相対化だったのかもしれない。

(つづく)


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