(仮)トレンディ電子文 第42回:美川憲一の魅力(2)
トレンディ期の美川が清水靖晃らをアレンジャーに迎えたポップス/エスノ盤「Golden Paradise」を以前ブログで取り上げた。この盤は再評価も局所的にあるようで、昨年同盤収録曲とシングル曲のハウス・ミックスをカップリングしたクラブ仕様(?)のEPも発売された。美川は「非演歌・歌謡曲」のアルバムを実はもう2枚、翌92年にリリースしている。まず①。「ファン待望のシャンソン・アルバム」と帯には明記されている。淡谷のり子の薫陶を受け、のちに岩谷時子に捧げるアルバムや「生きる」というシャンソン歌謡楽曲をリリースしている美川だが、コンサートなどではすでにこのタッチの披露があったのだろう。カヴァー曲2、5、6、8は全くチャレンジを感じさせることない自家薬籠の出来栄えだ(ダリダの5もきちんとディスコアレンジを踏襲)。「トレンディ」感覚という意味では聴きどころはオリジナル曲のほうにある。作詞の新本創子(鳥羽一郎、坂本冬美などを手掛けている)に服部親子という布陣でわかる通りあくまで味付けを「ポップスの中のシャンソン風味」程度にとどめ、また92年ということもありデジタル機材の感触が音にあふれている。竹内まりやの火サス曲的な美メロ1、メジャーコードのワルツの合間に「わかれうた」みたいな打ち込みパートが急に来る2のほか、7は美川のヒット曲ほぼすべてのアレンジを手掛けた小杉仁三が作曲のみで登板しているのが驚きだ。この曲はトノバン~大貫路線のヨーロッパ哀愁モードにも聴こえ、そういえば小杉は加藤のデビューシングルのアレンジも担当していたのだった。
②は稀に好事家に取り上げられるせいか値段が始終高騰しているクリスマス・アルバム。何といっても聴きどころはその特異なアレンジで、全曲を担当した大石真理恵は(「Golden Paradise」の縁からか)なんと浜口茂外也グループ「TAKARAMOND」にも参加したマリンバ奏者なのだ。よって1曲目のリリカルなストリング・バラードでもその音色は混入され、小粋なアップ3もジャズ風かと思いきや全楽器がマリンバ系のコロコロした音飾とパーカッションで聞き心地はほぼ「モンド」なのである。コシミハル「妙なる悲しみ」を彷彿とさせる4も構成はアコギ、コーラス、そしてマリンバ。5のバックトラックに至っては全てが「鐘の音」!エレピ、パーカッションのシンプルな構成にサックスがむせび泣く6もトレンディで素晴らしい。ラスト7は「真夏のクリスマス」な小編成サルサ風アレンジで、よくありがちな大仰クラシカル風情で終わらない点もなんというか実に小粋。92年にこのテイストをモノにしているというのは確かに「オシャレ」だ。
しかし2枚を通じて分かるのは、歌謡曲的「男歌・女歌」から自由になった美川というのはやはりジェンダーレスな存在であるという点である。歌詞中のリリカルな乙女心を所謂「オカマ」的に体現するかと言えばそうではなく、その低音の美声は感情方面の力作用を寧ろサラリと受け流す。美輪にも越路にも(もちろんKiinaにも)この身軽さは無い。「DIVA」という言葉でセルフラブ方面に括られがちなクィアシンガーとは全く違う、自身の感情や存在を一旦棚上げしたようなこの身軽さこそ美川の再評価の難しさでもあるのだろうが、故に貴重な存在であることも間違いないし、トレンディ期にキャラクターとして再浮上できた理由でもあるだろう。
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