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(仮)トレンディ電子文 第13回:lightmellowbu紙 vol.5-JAUNT-、パソコン音楽クラブ「SEE-VOICE」

 「こんなにまだ好きでごめんね 目をとじてイクスカスィオン(小旅行)」と歌った歌手はごめんねも言わずもう4年も消息を絶っている。彼女が主演し視聴率30%を記録したトレンディ末期のドラマは確か広大なオーシャン・ビューの中を進む電車の空撮から始まっていた。まだドローンがない時代、当時のCXらしい鷹揚さでおそらくヘリを飛ばし存分に金をかけて撮ったのだろう。lightmellowbu新作ZINEの表紙はその映像と同じ「リゾート感覚」のある風景であることは間違いないのだけれど、しかしラグジュアリーな様相は意外なほど無い。ぽつりぽつりと灯りがともり始めているリゾート・ホテルの窓からは、その数だけの、宿泊者の"日々の通過点"であった写真のこの日がいやに人肌に感じられるようでもある。そんな写真にこのツルツルとした紙質をあてがうことによって人肌は俯瞰方向のイメージと奇妙な形で合流し、要するにこのZINEのテーゼめいてくる。基本的に自身のメモリーズを参照しないディスク・レビューでありながら「その時代」ならではの音像、アレンジメントへの哀惜を湛えつつ、しかし最後は「今聴けるか」のジャッジをCDジャーナル流の厳しさで下す。人肌だったり俯瞰だったりということで抒情が「近づいたり、離れたり」する。この動きは実家か都心かを決め倦ねているかのようにも、それにも増して一般的なディスクガイドの軛を振り払うような意欲(転覆!)にも感じられ、ホムンクルスの奇妙なショートショート、それぞれが全く違った筆致でありあまる文才を炸裂させている居酒屋探訪ブログ「セクシー三昧」と、リクエストで偶発的に集まった楽曲を最新でありながら当時以上に「トレンディ」を纏わせカヴァーする(自分にとって)夢のような「オリーブがある」のシリーズ音源という、それぞれディグと直接には交わらない作品が併録されていることに、アクロバティックな整合性をもたらしてもいるのだった。自分は取り上げられたCD作品群の8割強未聴であり(MEGUの「MAKE YOU NO.1」はかなり前に購入、ギリギリのところで前ブログに取り上げなかった)、「トレンディ」という枠組みに合致する盤も半分程度あるのでこれから北関東へ捜索の旅に出なければならないのだけれど、寧ろ自分のディグ範疇外の、未定型に思える「その先(主に00年以降)」盤がまだ接続していない「未来の文脈」が透けて光っているかのようで眩しい。

 パソコン音楽クラブの新作「SEE-VOICE」も眩しかった。内容・デザイン・フォントとすべてが完璧なライナーノーツページがあり、そこにある「アラサーの自分探し」という、電子音中心(@ずん飯尾)の音楽と到底思えないまえがきの言葉にまず誰もが心打たれるだろう。文中のキーワードである「声」「水」「海」という内面に潜っていくようなイマージュは、そこに「鏡」というワードを足すことで一気に反射、反響という「返ってくるもの」のイメージでつなぎ合わされる。そこには「内側から湧き出るもの」を「生」の方向において過信しすぎない奥ゆかしさがあり、それはパンデミック環境においてはある種の"正確さ"でもあるのではないか(こんにち「隣で寝るあなたの吐息」のような感触からリアルへ潜ろうとするのは正直どこかおめでたいと自分は感じてしまうのだった......)。またその反転で外側、とはつまり"光"だ、に対する素朴な期待のようなものがここにはあふれているということなのかも知れず(だから「ゲストボーカル複数名」という体制もまったく真っ直ぐに成立しているのだろう)、ヴィジュアルの部分を差し引いたとしてもこの盤には「開放的な内省」のような稀有な空気がきちんと残る。2曲目「Listen」はまるでバーシアのように聴こえた!それは自分にとっては超・我が事、啓示のように大事なことであり、つまり「トレンディ」が「2021年の内省」と関係を持ち得るという、そういう「極私的な励み(?)」として響いたのだ。それは眩しいものでした!聞き手の数だけそうした秘かな繋がりを持ち得る。と、思えるような音楽を「ポップス」と言うのだろう。

 「目をとじて小旅行」するより遠出が叶わなかったパンデミックの期間にその実「近しさ」を交感できたような気分がある。囚われの夏だった今年は今という同じ地点にいるより他ないという閉塞感と一緒に「同じ時間」の海が世界中を覆っているという奇妙か実感がせり出しているようでもあった。泳ぐより他ないのか。しかし気分が沈むというようではないし暗雲が垂れ込めているようでもない。眩しい作品がいつでも自分には道標になってくれる。ガラス張りのシーサイド・エリアや人肌の明かりがともるリゾート・ホテルはまるで思い出の中の目的地のようだ。過ぎさりし夢のあいだを泳いでゆく。

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