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(仮)トレンディ電子文 第19回:七九年型のナウとトレンディ

昔は確固たるナウというものがあったんです。これがナウだといえるものがあったんだけれども、だんだんそれが変容してきて、かぎりない相対化のなかで、自分をどんどん変えていくようなナウが生まれたんですよね。で、こういうナウが、いつ生まれたのかというと七九年をひとつの境として、それから後、ナウは変わったという風に思っているんです。

筑紫哲也編「新人類図鑑」より、野々村文宏発言(1985)

 「新人類」という言葉を巡って(当時その代表と目されていた)野々村文宏が、自身を含めた新しさの形を「七九年型のナウ」と定義した一文である。79年は村上春樹の登場があり、また「アップルっていうパーソナル・コンピューターが、非常にいい機械であるとはっきり評価されてくる(前述書より)」年でもあるそうで、日本社会の大きな境目がこの年にあると見做す言説・著作は当時も今も多い。音楽だと所謂「ニューウェイヴ化」がこの「かぎりない相対化」のひとつに該当する。野々村も触れているYMO周辺のみならずそれは郷ひろみや沢田研二らポップスターにも影響を及ぼし、更に井上陽水からあがた森魚に至るまで多くの70年代シンガーらもこの時期前後に何らかの(プラスティックな?)作風の変化を経て生活・土着の匂いを脱している。ついでに言えば現行のシティポップ・リバイバルもこの「七九年型のナウ」が有用に働いている気もする。「真夜中のドア」がリリースされた記念すべき年でもあるが、この頃のバブル前夜的な「素朴なクリスタル」のイメージ、かつシンクラヴィアでデジタライズされる直前のプレイヤビリティを基本として、(掘り下げられる音源の年代は多少の幅がありつつも)現在なおシティポップ・リバイバルの美観は形作られているのではと思うのだが牽強付会だろうか。

 この「七九年型のナウ」から所謂「軽薄短小・新人類」な新しい時代が始まったという認識に間違いはないと思う。思うのだが、前述の野々村文宏の発言には続きがある。

世の中に新人類という言葉が出てきた八五年において、七九年型のナウというのは、もう疲れてますよね。

筑紫哲也編「新人類図鑑」より

前述のニューウェイヴ的、プラスティック的なナウは80年代の半ばにはもう疲れていたと言うのだ。そして84年の、マーヴィン・ゲイが実父に射殺された事件を「七九年型新人類の、わりあい悲惨な末路」と定義づける。CBS期マーヴィンの打ち込み路線を「新人類」的と位置付けているのも新鮮だが、それはつまりマーヴィンが試みた70年代ニューソウルとの相対化を「YMOと70年代フュージョンの関係」と同義にとらえているということで、そこには限りない相対化(≒格闘マンガ的な強さのインフレーション)故の疲れがあるという。そうした「七九年型の疲れ」に対して、更に若い世代は全く別物の「秘孔少年型」として説明される。

秘孔少年型というのは、いわゆる既成の価値観とか、パワーゲームの体系を少しずつずらしながら、誘導的に動くというような気がするわけです。(略)差しで勝負にならないですからね、そういう秘孔少年みたいなのは。

筑紫哲也編「新人類図鑑」より

つまり既存の価値と真っ向から対決しないのが、「秘孔少年型」の新世代ということだ。「逃走論」をもちろん思い起こしもするこの態度を「シラケ」的な若者感覚と捉えると少しズレるような気がしていて、もっと単純に、七九年型が(おそらく土着的なものと)戦うことで獲得してきた「80年代的環境」が彼らにはすでに用意されており、真っ向から対決する必要が前面にせり出してこないという事なのだと思う。そしてこの「戦わずして」にこそ、どうやら自分が仮託する「トレンディ」も宿るようなのだ。

 84年の小林麻美のヒット曲「雨音はショパンの調べ」は電子音で始まり、シモンズのドラムが使われている。しかし所謂「テクノ・ポップ」と目されることは殆どない。これらの音飾は既存の歌謡曲を相対化し対決するためにではなく、ただその音そのものとして選択されている風だ(故にそのシモンズも、最も"テクノ・ポップ的"を担うところのタムがまったく鳴らされない)。82年のドラマ「想い出づくり。」で古手川祐子・森昌子・田中裕子は児玉清や佐藤慶ら親世代が提示する古いしがらみと劇中で始終対立していたが、これを七九年型の「自分をどんどん変えていくナウ」故の闘争だったと捉えると、トレンディ・ドラマの戦わなさは鮮明になると思う。88年の「抱きしめたい!」で浅野ゆう子は母親・野際陽子と恋愛者同士という面で並立したうえで、身の振り方を定めていくのだ。そこでは世代のみならず、男女の対立すらも二項に分けられない。貫き通される美徳は「W浅野の信頼関係」のみであり、その周囲で取っ散らかった力学の恋愛関係が、ひたすら終わりまでぐにゃぐにゃと続くのだった。


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