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(仮)トレンディ電子文 第12回:稲村ジェーンのJAWS(2)

 土曜の深夜にゆったりとカウチポテトし、中身がどんなであれ、この体験自体が美しい思い出になればいい...と、相当な「出来事化」をしつつ鑑賞に臨んだのだが、とにもかくにもウォン・カーウァイ「欲望の翼」とは何の関係もないことは分かった。件のビートたけしとのやりあいで「音楽映画なのに邪魔なセリフがありすぎて音楽を殺している」とこの映画は評されたわけで、故に「ポイントは音楽」というのは自分にも過剰に刷り込まれていたのだが、しかしまず思ったのは、むしろ「映画」と「音楽」の関係を「併置」とした故に、この作品は捉えどころが無くなってしまっているのではないかという事だった。

 宣伝でよく見た「洞穴越しの江の島のショット」も「大量の風車の前を並んで歩くシーン」も、そのカット中に「真夏の果実」がジャンジャカ流れるなどということはなく、無音。様々な工夫で60年代っぽさを見せようとするオープニング・クレジット(楽曲は「マンボ」)や、幻想的なつなぎで波子(清水美砂)を連れ出す一連の技アリな流れなど、音楽とは別の部分でぼんやりと浮かび上がるのは「何も出来事がない夏」というノスタルジーで、これはこれで低温ながら一つの世界として成立している(芸能人のカメオ出演部分は除く)。エンドクレジットでそれらのシーンを脈絡なく流れてくるのを見ると、一つの美観がきちんと貫かれているようにも感じられ、実に「名画」なのだ。しかし「近隣のたまり場」的な設定の(60年代感触の実に希薄な)セットにおけるライブシーン―桑田自ら"盲目のシンガー"役として歌うのだが、サングラスが実に「トレンディ」で困ってしまう―でサントラの楽曲が歌われるシークエンスが数回挟まれるに至り、どうも根本の温度感が変わってしまう。「音楽のダイナミズム」を熟知した者でないと撮影不可なこのシーンで、映画全体のエントロピーが過剰に「音楽」へ持っていかれてしまう風なのだ。付け加えればそれはただただ「89年当時のエネルギッシュなライブ・パフォーマンス」で、ある時代を切り取った映画であるという事すら後景化している。しかし面白いのは、だからといって「音楽の世界」と「映画の世界」は決して作中で対立はしていないし、どちらかがどちらかを飲み込むこともないという点である。この「併置」こそ映画の受け手を困惑させる大きな原因であり、さらに言えば監督の音楽家生活中の持ち味である民主主義性の現れのようにも思える。

 しかし、そうした「併置」故の困惑は、大きなクライマックスで止揚の形で解決されようとする。ドキュメンタリーで監督自身も語っているがそれは「トリップ」で、CGと舞踏(?)を駆使して物語は突如幻想世界へと突入するのだ。その場面を彩る楽曲は、サントラではオープニング・トラックだった「稲村ジェーン」。音盤で聴くと比較的オーセンティックなアップだと思っていたが「土砂降りの雨の中、仮面を被った魑魅魍魎に囲まれた主役二人が空飛ぶサーフボードで波乗りをする」というような誰もが困惑するシーンでこの曲が流れると、まったく違った印象に聴こえるのだった。もっとドロッとした、和洋オリエンタルいろんな要素が混ぜ合わさったカオスな音楽とでも言うか...そしてそれは次作「世に万葉~」の世界観を、大きく予見しているようにも思えるのだ。先に述べた「ライブシーン」の奏者が今野、琢磨らKUWATA BANDの面々と小林武史ら(要するに「桑田ソロ」のいいとこ取りのような布陣)である点と併せて考えるに、このクライマックスの「稲村ジェーン」は「来るべきサザンのカオス」として自分には捉えられたのだった(もちろんこの楽曲はメンバー参加曲とは言えないのだけど…)。89年時点で監督が決して解散させることのなかった(考えてはいたらしいが。94年の雑誌「BRIDGE」参照)サザンが、どのような可能性として残されているかがそこに仮託されているように思った。

 結局この映画は、アルバム「Southern All Stars」と「世に万葉~」の中間を形にした作品という事に収斂されるのではないか。また、映画本筋のオールディーズ的なノスタルジー全般に対し、89年時点の桑田が両足突っこんでしまうことができなかったのは、前回触れた「懐かしのサザンメドレー」的な立ち位置に自身を置ききってしまうことを拒否する姿勢でもあるのかもしれず、それは拝金的に映画的快楽を達成しようとしつつサザン楽曲を「風景化」の要素として下衆く挿入した前年のホイチョイ作品「彼女が水着にきがえたら」に対する本人からのアンチテーゼとも映る。

 またそこに「トリップ」(ドラッギーと言ってしまってもいいかもしれない)という発想がブレイクスルーとして持ち出されたことには、真のサザン解釈への重要なヒントが含まれているのではないか。

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