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(仮)トレンディ電子文 第5回:トレンディ・ドラマ再見(3)

 落語の掛け合い、というイメージから想起される通り麻子も夏子も、性別から紐づけられる社会的な役割とは違ったある自由さ・闊達さ(例えば82年の女性群像劇「想い出づくり。(山田太一)」の、あの簡易シャワーに象徴される閉塞感と比較すればその自由さの質は分かるだろう)でもってイキイキと動き、話し、恋の周囲を巡る。しかしもちろん、その自由さとはそれだけの「新しい自由の標榜」的な意気込みをもって脚本が練られたということでは決してなく、トレンディ・ドラマが「時間の進行とともに人物の内面を深く辿っていく」ような作りではないことの謂でもあるのだ。物語の進行よりも、定まらない・決まりきれない「状態そのもの」を美点として作っている(恋愛関係についても始終"非決定"である)という特殊性から、この自由さは偶発的にもたらされたのだと思う。ドラマを評価するにあたっての一般的な見方―脚本の練り込みや「内面」の充実を作品の出来とイコールに捉えるようなもの―からすれば薄い作品と烙印を押されそうだが、それが反って麻子や夏子のキャラクターを、性別に囚われさせすぎない人間の有様として立脚させている。また「抱きしめたい!」は親子関係の描き方についてもかなり独特である。劇中登場するのは麻子(ゆう子)の母の北村愛(野際陽子)のみ。奔放に生きる彼女はドラマ終盤まで特定のパートナーを持たず、仕事と恋愛を50代でも追い続けている(麻子の弟がまだ小学生、というのもかなり踏み切った設定だと思う)。麻子と夏子にとってある種の「将来のモデルケース」的な側面もある存在として、彼女はエネルギッシュかつお節介に登場するわけだけれども、そこに「家族」という枠組みは存在しない(そもそも"実家"というものが単純に舞台として登場しない)。家族として登場しない母親。そんな真新しい事象がこれほどあっけらかんと、「無問題」の状態として深みなく書かれたこと。偶発的であるせよ、女性を取り巻く同時代の新しい出来事―男女雇用機会均等法・マドンナ旋風(山は動いた!)など―の「あるうねり」と同質の、新しい動きのひとつに他ならないのだと思う。「トレンディ」という言葉に仮託したい大きなもののひとつはそこなのだ。

 ところで、「トレンディ・ドラマ」と括ったときに、そうした新しさはどの作品においても通底していたかと言うと、答えはNOなのである。トレンディ・ドラマの書き手に身を置きつつ「その次」を標榜していた野心的な脚本家において「深みのない真新しさ」は裏切られる。野島伸司の、どういうわけかクリスマス・シーズンに向けてのクールにばかり作られた彼の作品群。「スケベの肯定」以外に何かを感じ取ることが今となっては不可能であろう「愛しあってるかい!」が、その「直球トレンディ」な部屋のセットを「男脳・女脳」的な色分けとしてのみ無残に使用しているのはまだいい。「純愛」をテーマに掲げた「素敵な片想い」が、ここまで書いた「トレンディ意匠」の瓦解を象徴するに相応しいトピックを各種持ちつつヒットしたことに、自分は失望を感じずにはいられないだ。モノローグもあり紛うことなく「主役」であるはずの、中山美穂演じる与田。電話口だけの別人格を作り上げ、それらを複合した多角的な内面を視聴者に開陳しているのは彼女だけなはずなのに、視聴者は「彼女をコントロールしている」という感覚をむしろ覚えるのではないか。京王線で府中からの通勤、乾物卸という反・浮世離れな職業でまとめ上げているはずなのに、そうした細やかさがどこか、「リアルはこの程度」タカをくくっているように映ってしまう(最寄り駅としてチョイスされた「府中競馬場正門前」駅の、競馬客向けに異様に広く作られたホームを「通勤駅」としてロケしてしまう不自然さがそれを象徴している)。翻って柳葉敏郎演じる野茂には何やら生々しく細腕マッチョ的な「ロマン」がこびりつき、石黒賢の潮崎(そう、このドラマの登場人物は当時の野球選手の名前が冠されている!そこは本当に意味が無くて面白い)とのあいだに交わされる、今見れば奇妙な恋愛の不可侵条約的契りも含め、自立した実体がイキイキと伝わる。この種の(古典的恋愛観としての)「物語」性への執着からわかる通り、この作者は「同時代」を信じちゃいないのだ。それはトレンディ後のTBS3部作でより顕著になるだろう(ドラマにおける)ある「新しさ」の潮流とも言えるのだが、しかし少なくともこの時点では「バックラッシュ」のように映るより他ない。このドラマを「男性の目線」を躱しつつ「トレンディの外側面」として視聴するのはもはや不可能だろう。野島伸司が用意した「ポスト・トレンディ」としてのドラマ(物語)回帰は、(TBS3部作含め)徹頭徹尾「男性の生々しさの物語」としか自分には映らないのである。

(つづく)

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