イールイーター宇凪!
「見て花崎君。この池に以前いなかったイールがいるわ」
小さめの眼鏡をかけた白衣の女性は、屈みながら小学校の池に蠢く黒い影を指さした。
「ああ、ほんとっすね。松浦先生。で、これがなんなんっすか?」
花崎は気のない返事をしながら、後ろから松浦の豊満な胸に視線を向けていた。立っているより屈んだ方がより、体の線がハッキリし艶めかしい。この豊満を持ちながら飛び級をし大学を卒業、自分と同じ歳で先生。後ろからではなく池側に立てるなら、あのぴっちりとしたタイトスカートの中が見えるだろう。花崎の頭の中には先生に対する劣情と羨望しかなかった。
「いい?この池と川は1キロ以上離れているわ。しかもここは塀に囲まれて簡単には入れない。イールは体に纏っているぬめぬめで陸上でも普通の魚より活動できる。だけど大雨もなかったのに、これほど移動するなんて考えられない。異常事態よ」
T-シャツ短パンサンダルで、まるで夏の小学生のような姿をした花崎は豊満な胸を見続けていた。そして振り向いた先生と目が合った。
「花崎君?話きいてた?」
「だ、大丈夫っす。池にイールがいるのはおかしいって話っすよね。鳥かなんかが捕まえて、ここに落っことしたんじゃないっすか?」
松浦は眼鏡を少し上に上げた。この質問を予見していたかのように。
「たまたまならここまで騒がないわ。コレを見て、イールが生息している川と池の調査。昨年はほとんどいなかったのに、今は次々と遠く離れた池にイールが出現してる。これでも普通って思う?」
「確かに異常っすね……だけどイールが遠くの池にいて何があるっていうんっすかね?」
劣情と羨望しかない花崎は、とくに考えずにただ思い浮かんだ疑問を口にした。
「イールによる侵略よ」
「侵略?全然意味わかんないっす」
「イールが絶滅危惧種なのは知ってる?イールはぬめぬめして細長い体を活かしてあらゆるところに侵入する。人類に追い詰められたイールは人間社会に侵入しようとしてるのよ」
「全く意味がわからないっす」
花崎は顔をしかめ、宇宙人に出会ったかのような困惑の表情を浮かべた。彼の名誉のためにいっておくと、仮に羨望と劣情がなかったとして同じ顔と返事をしただろう。
「……まぁいいわ。この池にいるイールを全滅させる。花崎君、車にある殺イール剤をだして。結構重いからね、あなたの出番よ」
「ちょっと待ってくださいっす。イールを殺すようなもの撒いたら他の魚にも死ぬんじゃ?」
「……そうね、でも人類のためなの。ついでに学校の許可も取ってるわ」
「この池、僕の膝がつかないくらい浅いし、広さも子供用プールをすこし広げたぐらいじゃないっすか?イールも一匹みたいだし僕が直接取るっす。見ててくださいっす」
「ちょっと待って!」
「待たないっす。ほら!」
花崎は、そのままズボンと池に足を踏み入れ、黒い影に向かって手を突っ込んだ。
「お、取れた。意外と簡単にとれるんっすね」
花崎は池からあがり、自慢げにイールを掲げた。
ぬめぬめしたイールは掴みづらく、プロでも苦労する。それが池で泳いでいるとなればなおさらだ。それが素人がアッサリつかめた。
松浦の脳は一瞬のうちに情報を分析し、一つの答えを叫んだ。
「すぐに手放して!罠よ!」
「へっ?」
「イルー!」
突如イールがぬめぬめを花崎の顔に向かって吐き出した!
「うわ!なんだこれ!?い、息が……」
花崎は顔に張り付いたぬめぬめをとろうと、両手で顔をかきむしりながら三歩下がった。そしてバタンとあお向けに倒れた。彼が掴んでいたイールは地面に投げ出されウネウネと不気味に動いた。
「花崎君!……えっ!?」
倒れた彼に駆け寄ろうとしたとき、彼のそばで蠢いていたイールに手足が生えた。
「イールイルイルイル!」
洞窟の奥底から聞こえてくるような不気味な笑い声と共にイールは巨大化し立ち上がった!その体躯は2mを越える!
「イルルルル!愚かな人間どもよ。我らが侵略に気付くとは賢きものもいたものだな。褒美に死をくれてやろう」
「まさか……人型化が……」
松浦はイールが陸にあがることを予見していた。だが実際目にした予想を大きく上回る人型、力なくその場にへたりこんだ。
「私は超魚イール!さぁ覚悟を決めるがいい」
彼女は完全に恐怖に思考を奪われていた。だが学者の本能で知りたいことを口にした。
「あ、アナタたちは人間がイールを絶滅寸前に追い込んだから、侵略をはじめたの?」
「フフフ、冥途の土産に教えてやろう。我らの侵略は江戸時代から始まっていた。だがそれに気づいた平賀源内が土用の丑の日はイールを食べようと決め、我らが戦力を削いできた。数で人間社会を侵略するのは断念せざる終えなかった。だが人々に狩られ続ける中それでも生き残ったもの達に異変が起きた。超魚化できるイールが現れたのだ。今超魚イールたちは池から池へと移動し、頃合いを見て政府の主要施設を襲撃し、日本を征服するのだ!」
「そ、そんな……」
「イールイルイルイル!よく見れば女、いい体をしているじゃないか。古来よりイールは女性の拷問に使われていたのだ。貴様の体を服だけキレイに溶かすぬめぬめ体液で覆って、なぶってから殺してやろう」
「や……やめて……」
松浦は絶望に体を強張らせながらも、震える腕を必死に動かし、少しづつ後ずさった。そんな動きを楽しむかのように超魚イールはぬめぬめ粘液を垂らしながら、ゆっくりと彼女に近づいた。
「無駄な抵抗はやめるがいい。イルー!」
イールが彼女に粘液を吐こうとしたその時である!
「待ちやがれ!」
「イル?」
イールが一旦動きを止め振り返ると板前の格好をした角刈りの青年が塀の上に立っていた。その背には竜を打てるような巨大な目打ちがあった。
「何者だ貴様!」
「イール捌き続けて300年!の伝統と技を引き継いだ男!宇凪蒲太郎さまだ!へへへ、父ちゃんから平賀源内の予言をずっと聞かされ続けたが、本当にその通りに巨大イールが現れるとはな!早速捌いてやるぜ!」
宇凪は地面におり、手招きした。
「貴様イール焼き屋か!同胞の仇討たせてもらうぞ!」
イールは蛇のように全身をくねらせ地面を走り、一瞬にして間合いを詰めた。そして
「イルー!」
頭突き!低姿勢から首を縦にしならせ突く!イールの得意技イールスティング!突きの速さは風を切り裂き、ぶつかれば骨が粉々に砕く。
「へ、遅いぜ」
だが宇凪は半身を捩じりギリギリで頭突きを躱す。
「イル!イル!イルルル!」
間髪入れずに三連!
「暴れるイールをこちとら散々捌いてきたんだよ!」
イールの調理経験から相手の動きを読み、まるで風に吹かれる木の葉のように全て紙一重で躱す!躱す!躱す!
「暴れるヤローはこうだ!」
自分の身長とほぼ同じ巨大目打ちを背から取り出し、イールの突きを終えた隙を見逃さず、首目掛け突き刺した!
「イルゥウ!イルゥウ!」
そのままつっ走りイールを塀に縫つける!イールは脱出しようとひたすらもがき苦しんだ。
「やめといたほうがいいぜ。傷が広がって痛むだけだ。すぐ楽にしてやるからさ」
距離を置きイールを眺める。やがてイールは暴れるのをやめ、ぐったりと動かなくなった。宇凪は腰に差した刀剣のように長い包丁を静かに抜いた。
「聞き分けがいいのは嫌いじゃないぜ!おいしく捌いていただいてやらぁ!」
宇凪は包丁を振り上げた。それを見ていた松浦にある疑問が浮かんだ。イールの生命力の強さは尋常ではない。それが巨大イールともなれば計り知れないほどだろう。それがアッサリ抵抗をやめた?それはつまり?
「離れて!罠よ!」
「もう遅い!」
イールは手にべったりと着いた血を宇凪の顔面目掛けて投げつけた。
「うわぁ!目が!」
「イルイルイルイル!イールの血には毒が含まれている。失明するがいいわ!」
イールはゆっくりと巨大目打ちを引き抜き、投げ捨てた。そして体をバネのように巻き、地面を力の限り踏みしめた。
「あれはなんなの!?」
「イール最大の奥義で葬ってやろう」
巻いた力を一気に解き放ち、矢のように飛ぶ!
「イールミサイル!砕けるがいい!」
宇凪は目をやられ、イールミサイルを避けられない。宇凪が負ければ自分の命もない。松浦は起死回生の策を求めて必死に頭を回転させた。目に入る全ての情報から策を得ろうとする。
泡を吹いて倒れる花崎、これだ
「後ろに倒れて!」
「応!」
声にこたえた宇凪はすぐさまあお向けになるように後ろに倒れた。眼前に迫ったイールミサイルを紙一重で避ける。そして
「ここだろ!」
倒れると同時に右腕で包丁を宙に突き刺した!
そこは巨大目打ちで開いた穴の下あたりであった。職人の勘がなせる一突きである。
殺人ジェットコースターの如く飛び出したイールは包丁にぶち当たっても減速はしない。殺イールレールの上でイールはただひたすら身を切り裂かれる。
「イルゥゥゥゥイルルイイイルルルゥゥゥゥ!」
急ブレーキをかけたかのようなイールの悲鳴が響く。だがブレーキはかからず、吹き出した己の血を潤滑油とし、脱線せず走り続ける。
「ムン!」
完走間近、宇凪は職人の勘で力をこめて引き裂いた。するとイールの肉の部分が宙に舞い、骨と頭に分かれた。
「イルルルゥウウウ!」
イールは壁に激突!大砲がぶつかったような大穴を開け、絶命した。それと同時に肉が宇凪のすぐそばに落下した。肉はまだ生きてるかの如く不気味に跳ねまわった。
「か、勝ったのね」
両腕で上半身を支えながらこの光景を見ていた松浦の全身の力が抜け、倒れた。だが気は失いはしなかった。
――
「ふ~~やっぱり七輪の煙は気持ちがいいぜ~」
「本当に大丈夫なの?その目」
「イールの毒は65度の熱で無毒化するからな。煙あびときゃどうにかなるって」
松浦は宇凪の言う通りに彼の七輪に火をつけていた。
「ねぇ、あなたは何者なの?平賀源内の予言ってなんなの?」
「俺はイール焼き屋の息子。予言は父ちゃんに聞いた方がいいな」
「なら父さんに合わせて」
「それより、あっちの兄ちゃんいいのか?倒れっぱなしだぜ?」
宇凪は倒れてる花崎を指さした。
「ちゃんと息があるのは確認したわ。ぬめぬめも取ったし大丈夫でしょ」
「冷たいなぁ。まぁ父ちゃんから秘密にしろとか特に言われてねぇしな。それにこのイールもおいしく食べてやらなきゃならねぇ。宇凪屋に来な!特上のイール丼と父ちゃんに合わせてやるよ!」
宇凪は目をこすり思いっきり体を伸ばした。
【完】