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ワシが全裸社怪人じゃ!

「俺が社怪人だ!」
「死ねやゴラァ!」
「ボコボコだ!ダサぁい!」
「やっぱりあいつに社怪人は早すぎたのでは?全然気迫が足りてない」

 梅雨が終わり、まぶしい季節のはじまりを告げる晴天の中、宮木は曇った虚ろな瞳のまま河川敷をただ歩いていた。昼が過ぎ、人気がなくなった。それでも彼はただ前に進み続けた。

「ちょっとそこの人」

 後ろから声をかけられるとビクッと体が動き、意識が現実に戻った。声をする方へゆっくりと振り向いた。

「元気がなさそうじゃな」

 頭がハゲ気味の中年男性。よれた服を着て、如何にも人の目を気にしなくなったおっさん。ただお節介で声をかけてきただけだろう。宮木は生返事をし、振り返ろうとしたその時である。

「ワシのチンポを見よ!元気が出るぞ!」

 瞬きする間もなく四方八方へ散らかる衣服!上半身を反らし、これでもかというばかりに下半身を突き出し、両の親指で股間に指をさす!全身に肉がつきたるんだ体に美しさの欠片もなく、滑稽さしかない。滑稽さしかないはずなのに、動きに一切の迷いがなく、なによりも気迫に溢れていた。

「ウッ……ウッ……」声に出したい。何か言いたい。だが嗚咽にしかならず、ゆっくりと膝が落ち、崩れた。

「お前さん、色々あったようじゃな」

──

 河川敷に腰掛ける二人。宮木は赤い瞳のまま今までのことをゆっくりと話した。

 憧れの社怪人会社に入社できたこと。一年間戦闘社員として頑張って、春から社怪人に抜擢されたこと。だけどヒーローに全然勝てず、子供たちにもバカにされ、社怪人に向いてないのではと陰で言われるようになったこと。そして、もうやめて実家に帰ろうと思っていること。

 中年男性はなにもいわず、ただただうなづいていた。

「俺、気迫がないとか言われて落ち込んでて、それで自信まんまんのおじさんのことみたら、なんか涙が出てきて……」

 宮木の瞳がまた少し湿った。

「フム……」中年男性はゆっくりと口を開いた。

「ワシと同じように全裸を見せつければ気迫が身につくぞ」

 中年男性の提案に宮木の目が泳いだ。この反応を予見したかのように言葉を続ける。

「いきなり全裸になるのは難しかろう。じゃがワシの行動を観察すれば気迫を身に着けるヒントになるはずじゃ」

二人はまた会う約束をした。

──

 二人が再び出会った場所は昼間のベッドタウン。共働き世帯が多いのか、聞こえてくる音は少ない。
 河川敷と同じ人気の少ない場所だ。大勢に目撃される可能性は少ない。だが一体誰に見せるのか。手を少し強く握り、宮木は中年男性の後ろを歩く。

 前から警察官が歩いてくる。宮木は手を強張らせ、中年男性から少し離れた。中年男性と警察官の目が合う、すれ違う。警察官と宮木がすれ違う。何も起こらない。宮木は手の力を抜いた。流石に警察相手に見せるには無謀すぎる。

「ワシが全裸中年男性じゃ!」

 振り向くと共に大声叫び、一瞬で衣服を四方八方に散らす!

「またお前か!」振り向き全力疾走する警察官!

「ほれ、逃げるぞ」まだ目が点になっている宮木に声をかけ、中年男性は全力で走る。宮木も遅れて、それについていく。

 右、左、右、迷いなく走る中年。宮木は土地勘がなく、離されれば一瞬で迷う。そして鬼の形相で走る警察官に捕まれば、会社でますます立場を失う。ただがむしゃらに走り続ける。そして後ろから聞こえてくる足音は途切れ、人気のない通りに出た。

「中々面白かったじゃろ?」

「めちゃくちゃ……怖かったです……」

 息がまだ整ってない。

「またって警察がいってましたけど、目があった時バレませんでしたね」

「ワシぐらい全裸を極めると自在に気配を変え、バレないように出来る」

 少し得意げにいった。宮木はハァと声を出し、もう一つ尋ねる。

「服どうするんですか」

「中古の安もんだから問題ない」

「えーっと、帰りの服」

「全裸でも人に見つからず帰る道を把握しておる」

 どんな道だ、少しだけ笑った。

「次会う時はちょっと趣向を変えよう。それではサラバじゃ」

──

 日が暮れて人気の消えた街中、変態が出てもおかしくない時刻、二人は再び出会った。

「今日は最初から全裸なんですね」

「感覚を研ぎ澄ます必要があるからの」

 感覚?少し首を捻ったが、中年男性は歩き出す。宮木は前と同じように後ろについていった。
 右、左、いや右か。動きに目的を感じない。ただ人のいない方向に向かって歩いているようだ。一体何をしているのか、宮木の口が開こうとした時である。

「こっちじゃ!」全力で走り出す中年男性!

 宮木も走る。さっきのフラフラと打って変わって、動きに迷いがない。そして明確に急いでいる。一体どこへ向かうのか、なぜ急ぐのか。中年男性が辿り着いた先は、ライトが点滅している自販機だった。

「ここじゃ!」自販機の下に手を入れる中年男性。そこから出てきたのは千円札!

「えっ……どうして?」

「全裸になり感覚を研ぎ澄まし風の声と大地の震えを聞けば、遠くで落ちた千円札さえ感じられる。それだけじゃ」

 宮木はけげんな表情をしたが、それ以上の答えはなかった。

「またお前か!」警察の響く声!

「しまったの。千円に夢中になって、警戒が疎かになっていたわい」

 中年男性の走り出すと同時に宮木も走り出す。前と同じように後ろについていく。今回は日が落ちてるおかげで大して走らず、警察をまいた。

「ところでお前さん、社怪人とかヒーローとか詳しく知らんのじゃがどういったもんなんじゃ」

「そうですね……世の中暴力禁止よりも制限付きで解除したほうがいいってなって出来た暴力解禁法ありますよね」

「うむ」

「それで暴力を正義のため、社会のため使おうっていった人たちが自身を正義の味方って名乗ったのがヒーローの始まりですね。そうじゃない人々、営利目的だとかの人々が対になるように怪人って呼ばれました。怪人は会社所属が多いので社怪人って言われてます」

「だとするとヒーローと社怪人は善悪の対立するもんではないのかの」

「そういうものじゃありませんね。正義と利益がぶつかって戦うことは多いですが。後ヒーローも多様化してますからヒーローって名乗っていても正義とか社会のためといえないこともありますね」

 中年男性は、ほぉっとつぶやいた。

「とりあえず、見せたいものは見せたし、しばらくは休みじゃな」

「あのー、気迫に関するヒントがあんまり得られてなくて、もう少し見たいのですが」

 中年男性はニッコリして、宮木の肩を叩いた。

「大丈夫じゃ。全裸を理解しようとし、見た時点で身についておる。後は己の力を信じ自然を感じ取れ。そうすれば芽吹く。いや脱皮とでもいったほうがいいかの」

 中年男性は笑いながら、暗い道に消えていった。

──

 目覚めるにはまだ早い朝、宮木は歩いていた。眠りが浅く、二度寝するには目がさえる。気分転換に寂れた商店街の方へ散歩へ行った。
 シャッターだらけの景色、あと数時間してもシャッターが上がらない店が多い。そんな中ひとつだけ上がっている店があった。

「タダで酒寄こせやゴラァ!街守ってるんだろが!」

 2mは超えるであろう巨体のフルフェイスのヘルメットと剣道風アーマーを着た男は拳を叩きつけ、レジカウンターがひしゃげた。

「お、お代はいただかないと……」

 酒屋の店主の老人は震えた声で答えた。

「街を守っているヒーロー様に金取るのか、オラァ!」

 彼はヒーロー剣道ライダー、素行不良につき様々なヒーロー組織に属しては問題を起こして辞めている。だが戦闘能力が高いため人手不足の組織が、問題を起こすのは承知で雇い入れる。

「もしかして俺が一般人か何かだと思ってんのか?ちょっと実力見せてやるか」

 素肌を晒したたくましい腕で店主の首を掴み、ゆっくりと力を入れ締め上げていく。店主の顔がゆが、首を掴んだ手を引きはがそうとするが動かない。店主が声にならない声を上げたその時であった。

「やめろ!このクズ野郎!」

 声の主は宮木!

「なんだテメェ」剣道ライダーは店主を離し、宮木に振り向いた。

「テメェみたいなクソヒーローが許せない男だよ!」

宮木は変身リストを取り出し腕に装着。全身が発光する。

「ホワイトデビルが相手だ!」

イカ型怪人に変身した宮木は、伸びる腕を利用した得意の突きを放つ。

「あっ?」体を素早く横に向け回避、そして伸びた腕を掴む。

「オラッ!」そのまま引き寄せフルフェイスヘルメット頭突き!鈍い音がなりホワイトデビルは後ろによろめく。さらに前蹴り!腹に当たり、ホワイトデビルは口を大きく開けるとそのまま崩れ落ちた。

「いきなり変身して襲うとか頭おかしいんじゃねぇの?」

「店主……脅してる……ヒーローの方が……おかしいだろ……」

息も絶え絶えながら言葉をつなぐ。

「感謝の心を教えてるだけだ。そういえばお前見たことあるな。どっかであったか?」

宮木は答えない。だが剣道ライダーとは初めて社怪人となり最初に闘ったヒーローだ。倒れても殴られ続けたことは忘れもしない。

「まぁいいや」棚にある焼酎を取り出す。

「面!」

 宮木の頭に酒瓶が炸裂!酒とガラスが辺りに散らばる。社怪人となった頭部は瓶をぶつけられた程度では損傷しない。だが

「酒にはつまみがいるよなぁ?」

ポケットにあるライターを取り出し火をつける。そしてホワイトデビルに向って投げた。

「アギャッ!」酒が燃え、全身に火が回る!ホワイトデビルは店の外へと走り去った。

「アハハハ!マジおもしれぇ。全部の酒割って火つけるのもいいな」

「そ、それだけは……」レジカウンターの裏から店主の振るえた声が届いた。

──

「ゲホッ!ゲホッ!」

 宮木は酒屋から離れ変身を解除していた。変身解除すればだいたいの傷は残らない。ただ痛みはいくらか残るが……。

「やっぱりだめか……」

 小さく呟いた。おじさんとの出会い、気迫のヒントを掴んだ。後は己の力を信じ、芽吹くだけ。ならばと戦いを挑んだが結果は前と同じ敗北。何も変わらない。
 宮木は膝を抱え小さくなる。悪行を働くヒーローを倒したかった。さんざんヒーローに脅された父さんみたいな被害者を減らしたかった。そのためのこの道なのに何もできない。
 宮木の目は湿って、しとしと粒が零れ落ちた。

 脱皮、ふとおじさんの言葉が脳裏をよぎる。芽吹くではなく脱皮。もう残された道は一つのみ。

──

「お代は結構ですからもうこれ以上は……」

「わかりゃいいんだよ、わかりゃ」

 剣道ライダーは棚の酒に手を伸ばす。

「待ってぇい!」

「あっ?さっきのやつか……なんだテメェは!」

 そこには全裸の男が立っていた。脱ぐ、宮木が出した答え!

「あれか、生身の人間は刺せないとか思ってんのか」

 剣道ライダーは酒瓶を地面に叩き、底を割る。

「俺は誰でもぶっ殺せんだよ!」

 素早い踏み込みからの割れた瓶の突き!剣道の名に恥じぬ、真っ直ぐで鋭い突きが宮木の胸に向かう。
 だが宮木は瓶の先ではなく、相手の顔に目を向け続ける。そして己の力を信じ、目をとじる。相手が踏み込んだ瞬間の大地の震え、瓶が近づいてくる風の声。自然の流れを全身で感じとる。
 そして胸に到達する刹那。目をカッと開き、体を横に向け回避!

「ダァッ!」

 相手の勢いに合わせ、力の限りの掌打で胸を穿つ。30cm以上の体格さがありながらも、剣道ライダーの体が吹っ飛び、レジカウンターに叩きつけられた。
 「ヒィ!」ぶつかった衝撃でレジカウンターは割れ、後ろにいた店主が飛び出し店の奥に逃げる。

 宮木は残心をし、呼吸を整え様子をうかがう。
 剣道ライダーは無言のまま立ち上がり、竹刀を持つかのように割れた酒瓶を両手で構える。そのまま宮木をまっすぐ捉える。巨体が構える姿はまるで仁王像かのようだった。

 両者にらみ合い。どちらも踏み込めば一歩で詰められる距離。緊張感が張り詰めるが、先に破ったのは剣道ライダーだった。構えから繰り出される神速の踏み込み!そして彼を勝利に導いてきた必殺の「面!」

 店中に響く叫びと共に、酒瓶は正確に面を捉え、振り下ろされていく。だが宮木は動じない。いくら早くなろうと、大地の震えと風の声が何をするべきか教えてくれる。
 振り下ろす瞬間、相手の懐に一歩前進。そして相手の腕を取り、振り下ろした勢いをのせ一本背負い!剣道ライダーは店外の地面まで投げ飛ばされる。
 宮木は走り、店外に向って力強く飛ぶ。そして倒れた剣道ライダーの頭部に体重をのたカカトで圧し潰す。

「グギャッ!」

声を発したのは……宮木!かかとを押さえ倒れる。

「潰れるわけねぇだろ!」

 変身してない宮木の身体能力は常人と変わらない。戦闘用フルフェイスヘルメットを破るほどの力は出ない。
 剣道ライダーはさも何もなかったかのように立ち上がり、宮木もカカトの痛みを耐え立ち上がる。

 剣道ライダーはボクシングのように拳を構える。投げ飛ばされたときに酒瓶は割れ、もう持っていない。

 剣道ライダーの右フック!宮木は多少おぼつかない足取りをしながらも、すばやく身を書かがめ回避、即座に反撃のボディブロー。だがアーマー越しの打撃は響かなかった。

「痛かねぇ!」真っすぐの拳が顔を狙う。

 宮木はボディブローの体勢から戻っておらず回避が間に合わない。かろうじて左の手のひらで拳を受けるが、受け止めきれず足が地面から離れ大きく後ろに吹っ飛び、倒れた。

「そろそろ終わりにするか」剣道ライダーはゆっくりと倒れた宮木に近づく。

 防具を着ている限り宮木の攻撃は届かない。腕には防具はないが、それを突破口にするのは難しいだろう。
 相手の防具さえなければ……相手も全裸ならば……全裸?宮木の思考が一点で止まる。やることは決まった。後は隙を作るだけだ。覚悟を決め宮木は立ち上がる。

「そのまま寝てりゃいいのによぉ……」剣道ライダーは宮木の目に絶えぬ闘志を見、足を止める。

 宮木はこれでもかというばかりに下半身を突き出し、両の親指で股間に指をさし、叫ぶ!

「ワシのチンポを見よ!」

「何がやりてぇ!」

 宮木の突然の行動に剣道ライダーはキレた。いや、気迫の入った声に押され、瞬間的に反発したといったほうが正しいか。股間を突き出し続ける宮木の顔面に拳を叩きつける。見事顔を取らえ、拳は顔に突き刺さり、後ろまで貫通!貫通……?霧のように宮木は消え、そこには何もなかった。そこにあったのは強烈な気配、存在感といったものだった。

 何が起きたのか理解できない剣道ライダーの頬に何かが触れる。それは宮木の手!そのまま勢いよく上に向かい、フルフェイスヘルメットを外す!
 人相の悪い中年の顔が明らかになった剣道ライダーは、後ろにいるだろう宮木に向ってバックナックルを繰り出す。空振り。だがそれだけではない。剣道風アーマーの左右の留め具が外され、前後に分かれ地面に落ちた。裸の上半身が露となった。

「どこにいる!」声を張り上げ左右を見やる。だが見つからない。

 カチャリ

 音がした方向を見るとベルトが外れていた。そしてそこにはしゃがんだ宮木がいた。宮木は身をかがめ気配を殺し、巨体の死角に移動していたのだ。
 宮木と目を合わせた時、宮木の左手は既にパンツごとズボンを掴んでいた。

「お前が全裸中年男性じゃ!」

 左手でズボンをズリ下ろしながら、その勢いで立ち上がり、右手を股間の位置に合わせる。剣道ライダーは反応が間に合わない。そのまま右手は剣道ライダーの二つの玉に激突する!
 剣道ライダーは股間を押さえながら、前に倒れる。そして丸見えになったケツを突き出しながら白目をむいた。

 宮木は間抜けな姿で倒れた剣道ライダーをじっと見つめた。そして深呼吸をし、自分が成し遂げたことを実感した。
 様々感情がこみ上げてくる。だがまずは服を着なくては。脱ぎ捨てた服の方向に足を進める。

「よくやったな!青年!」

 声のしたほうに振り向くと中年男性がいた。

「なぜ、おじさんが?」

「お前さんの声が朝から全身に響いたのでな」

 千円札の落ちる音を感じるならおかしくないか、宮木は納得した。

「ところで宮木よ。短期間でよくここまで全裸の力を身に着けた。お前さんにはこれからもっと修行を積んでもらって全裸界の光になってほしい」

「全裸界の光?」

宮木はけげんな顔をした。

「そうじゃ。年々全裸は数を減らしておる。お前さんが全裸で輝くことで界隈に活気を取り戻したいんじゃ」

「僕は……」宮木はゆっくり口を開く。

「ヒーローと名乗りながら悪いことをする奴を許せないんです。このまま戦っていきたい」

「そうか……ならばこれからも全裸で戦うが良い。それも全裸界の光へとつながるだろう!」

 中年男性は言い終えると風のように去っていった。

──

「なぁ、俺ヒーローなの。スゴイの。だから一杯ぐらい付き合うのが普通なの」

「やめてください!」

「ハァ、ヒーローにそんな口きくんだ。どうなるかわかってるの?」

「ヒーローの仮面を被らなければ悪事一つ働けぬか」

「だれよ!名乗りなさいよ!」

「ワシか?ワシはな……」

「全裸社怪人じゃ!」

【完】

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