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マッチ売りの中年男性
「マッチ買ってくれんかのう、マッチ買ってくれんかのう」
ジングルベル、ジングルベル、たのしげなクリスマスソングが流れ、雪降る街中で中年男性は穴の開いた服をまとい、震えながらマッチを売っていた。誰もが中年男性を視界に入れようせずと、子供連れやカップルたちが中年男性の前を去っていった。父に金でも稼いで来いと家をマッチと共に蹴りだされ数時間、このままマッチを売らずに帰ればまた蹴りだされるだけだろう。
中年男性は一旦休もうと段差に腰掛けようとする。だが地面は冷たく反射的に立ってしまった。休むことも出来ず、中年男性はふらふらとマッチを売りに歩き始めた。
「マッチ買ってくれんかのう、マッチ買ってくれんかのう」
人通りの少ない道をただ呟きながら歩く。
「それくれよ」
中年男性が振り返るとツンツンの金髪の男と十字架のネックレスを付けた女のカップルがいた。
「買ってくれるんですか!?」
中年男性は目を輝かせる。だがマッチの値段を決めていなかったことに気付いた。100円?10円?この際1円でもいい。相手に決めてもらおう。だが男が欲しがったのはマッチではなかった。
「その服を売ってくれよ」
男は上半身を指さした。
「いや、これは……」
中年男性の体は固まり、相手がなにをいってるのか理解できなかった。だが男は金を差し出した。一万円。そして理解した。この雪降る中服を脱げと言っているのだと。どうすればいいかと目が泳ぐ。だが千円もしない服が一万円に変わる。中年男性は服を脱ぎ、差し出した。
「マジで脱ぐの?キモーイ」
隣の女が笑う。笑われても一万円。背に腹は代えられない。
「下も脱げよ」
その言葉に再び固まる。だが男はさらに一万円を差し出す。上を脱いだ以上下を脱いでも変わらぬ。中年男性はパンツだけとなった。女性が口に手を当て目を細める。それでも一万円。一千円にならない服が一万だ。
「もう全部脱げよ」
さらに一万円追加。中年男性は下着も靴もすべてを差し出した。
「じゃあこれももらうぜ」
男はマッチを手に取り、服を一か所に重ねる。そしてマッチをこすり放り投げた。雪降る中でもボロ布同然だった服は勢い良く燃えた。中年男性が唖然としているとカップルは大笑いし、そのまま去っていった。中年男性は三万円を握りしめ、燃える炎をただ見つめた。その炎の中に今までの人生が流れた。
思えばなんとなく生きてきた気する。学力が一番合う所となんとなくで高校をきめ、進学は難しいからと就職できそうなところになんとなく受け、任せられた仕事をなんとなく進めていき、年を取り会社から辞めてほしいといわれたからやめる。そして再就職を目指すが技術もなく、日々を過ごしているうちに、貯金はつき実家に戻る。それからぼんやりとすごしていれば、父に家を追い出された。
クリスマスの夜に俺は一体何をやっているのだろう。中年男性は勢いが薄れていく炎を見つめながら目からぽろぽろとしずくが落ちていった。その時だった。どこからともなく歌が聞こえてきた。
「いらないなにもすててしまおう」
B'zのラブファントムだ。中学生のころによく聞いていた。どこかでB’zの特集でもしてるのだろうか。
いらない なにもすててしまおう。中年男性の頭に歌詞が反復する。そして手から三枚の一万円札がひらひらと落ち、消えかけた炎に飛び込んだ。紙切れは勢いよく燃え上がり宙を舞った。
なにもかも捨ててしまった。だが次はどうするのか?再びB'zの曲が流れる。
「とびだしゃいい」
そうだとびだしゃいい。炎が燃え尽きると同時に中年男性は走り出す。中年男性は雪の街をひたすら走る。人通りの多い道にでても構いはしない。炎のように全力で走る。
「変態だ!」
「お母さん、おちんちん出している人がいるよ」
「こっちにくるな!」
街中が中年男性に視線を向ける。人々は中年男性を避ける。その道を中年男性は走る。そして金髪のカップルを見つける。
カップルが気が付くより早く中年男性は女に目掛けさっきまでギリギリだった男のチョップを振り下ろす!十字架のネックレスをつけた首筋にクリーンヒット!女は勢いよく吹っ飛び、青いポリバケツにイン!ファッションキリスト教徒を退治!
「なにしやがる!」
金髪男の右ストレートパンチが中年男性の顔目掛けて飛ぶ。だが上半身をくねらせ難なく避ける。そこにすかさず飛ぶ左の拳、格闘技をやっているものの動きだ。だがこれも回避。中年男性は格闘技をやっているわけでも、鍛えているわけでもない。だが体を厚い服に包み間接の動きが制限された男と全てを脱ぎ捨て解放された男。そこに経験、肉体では埋められない差が生まれていた。
「テメェなにもんだよ!」
息を切らしながら、拳を振り回す金髪男が返事を期待してない言葉を叫んだ。だがその言葉が中年男性の頭の中に響く。今のワシは何なのだ?今も中年男性には変わりはない。しかしただの泣きぬれていた中年男性ではない。ならば見た通りでしかない。
「ワシは……」
金髪男の空ぶった右の拳を見て、中年男性は右の拳に力を入れる。
「全裸中年男性じゃ!」
拳が金髪男性の顔面をきれいにとらえた!そのままふっとび、たまたま開いていた青いポリバケツにイン!偽サイヤ人を退治!
全裸中年男性は荒れた呼吸をする。そして落ち着くために呼吸に意識を向け、静かに目を閉じようとした。だが
「そこの男性、暴れるのをやめなさい」
警察だ。街中で暴れたのだ。当然のことであった。5人の警官が全裸中年男性を取り囲み、ジワリジワリと包囲網を縮める。逃げ場はない。大人しく捕まるか、戦って血路を開くか、二つに一つ。全裸中年男性は……構えた!
前後左右に迫りくる警官の動きを警戒しながらゆっくりと回る。全てを捨て去った故今更捕まり社会に縛られる気はない。
「ウリャー!」
全裸中年男性は掛け声共に一番体格が低い警官に前蹴りを叩き込む!だが腕でガッチリと受け、警官は少しも揺るがない。格闘技をかじっただけの若者とはわけが違う。
「公務執行妨害で逮捕する!」
掛け声とともに一斉に走り出す警官。全裸中年男性の背面目掛け警棒が振り下ろされる。これを全裸中年男性は体を横に向け回避。だが横に向けた先が新たな背面となり、警棒が再び襲い掛かる。
バチン!と痛みを響かせたが、それでも姿勢を保とうと全裸中年男性は耐えた。だが警官から次々と警棒が振り下ろされ、やがて膝をつき、手を地面につけた。
全裸中年男性は四つん這いになった。ぷるぷると震えながら体を支えている。それでも立とうと腕に力をこめ、その度に警棒が背中を叩き、倒れる。ただそれが繰り返されていた。
警官の周りはやじ馬がかこっていた。変態が成敗されて清々するといった人もさすがに可哀そうだと哀れんだ瞳を向ける人もいた。だが誰も視線と言葉以上の行動はない。
しかし周りと違う男もいた。酒を片手に一部始終を見ていた中年男性。全裸中年男性を見て震えていた。何度打ちのめされても立とうとする。自分は人生に打ちのめされ、酒におぼれ、そのまま倒れていればいいのに、一人が嫌でにぎやかな街に何かないかとついつい出向いてしまう。目の前にあるそれが何かではないか。
中年男性は、服に手をかけ、息を大きく吸った。
「ワシが全裸中年男性じゃ!」
やじ馬の中から全裸の中年男性が飛び出し、警官に体当たる!警官の数は5、一人増えたぐらいでは揺るがない。すかさず警棒を振り下ろし制圧にかかる。だが
「ワシも全裸中年男性じゃ!」
さらにやじ馬から全裸の中年男性が飛び出す。震えていた男は一人ではなかった!それでも警官は揺るがない。だが
「ワシもじゃ!」「ワシもじゃ!」「ワシもじゃ!」
次々と飛び出す全裸中年男性たち!熱き鼓動に目を覚まし、警官に飛び掛かる!その数は10を超え、やじ馬たちは異常事態に一斉に散る。そして数の優位をえた全裸中年男性は警官を逆に制圧。倒れていた全裸中年男性を全裸中年男性は救い上げる。
「みんなありがとう。ワシなんかのために……」
全裸中年男性の目から涙がぽろぽろと落ちた。
「ワシらこそ感謝じゃ。お前さんのおかげで気づけた。中年男性というだけで忌み嫌われる社会に必死にしがみつき、何もかも失っていた。だが全てを捨て、全裸になることでやっと自由を得たのじゃ」
全裸中年男性たちは一斉に笑った。男たちはこれからどうするのか?誰もそれを聞かないし、迷わない。人が一斉に散り、居なくなった街を全裸中年男性は駆けていく。そしてそのままクリスマスの夜を駆け抜けていった。
【おしまい】
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