ライブハウスで夢の続きを見た
はじめに
2023.04.02 新栄クラブロックンロールにて、soulkidsを見た。
soulkidsは名古屋のバンド。
2015年2月13日(金)のバレンタインの前日に活動休止。
soulkidsの楽曲『Friday』のサビの歌詞は「一週間 バレンタインの前日 13日は金曜」。
soulkidsと僕
soulkidsが活動していた時期、僕はただ音源を聞いていたリスナー。
当時は学生で、周りに勧められて聞き始めたバンドだった。だから、僕にとっては何かから派生して知ったのでなく、突然変異的に入ってきた。
けれども、気づいたらsoulkidsは活動休止していた。
活動休止したその後も、曲が大好きなのでずっと音源は聞き続ける。
特に最後に出たミニアルバム『ランナーズハイ』は擦り切れるほど聞いた。
それからsoulkidsとしての新しい音源は一切出ることなく数年、コロナ禍に突入した。
そんなある日、ライブハウスの経営が圧迫される中、名古屋CLUB ROCK'N'ROLLのためにドネーションコンピレーションが発表された。待ち焦がれたsoulkidsの新規音源だった。
当時は恥ずかしながら竹内電気を聞いていなかった僕は、ここで初めてONIGAWARAを知った。今では当然ONIGAWARAのことが大好き。
ONIGAWARAの竹内サティフォさんは上記『ランナーズハイ』にはサポートギターで参加していたのをここ数年で知って、「なんか繋がってたんやなぁ」となっています。
下記記事はsoulkids柴山さんと竹内電気の出会いが書いてあって良いです。
今日 夢の 続きを見たよ
そんなこんなで、ライブの話。トリのsoulkdisの一曲目は『magnolia』。
ここ最近の個人的な悩みの一つに、「ライブで泣けない」ってのがあった。
泣くなんて人によるだろ、ってのは当然あるとして、
泣けない=本当に好きでない=真剣でない
といった式が成り立つような気がして、誰かが「泣いた」とツイートがまるで抜き身のナイフのように思えた。好きなものでも真剣になれない自分の愚かさを指摘されているようで嫉妬に狂った。
でも『magnolia』を見て、聴いて、本当にいつぶりかわからないけど、ライブで涙が出た。(俺も人の心があったのかと心の中で小躍りした)
涙が出た理由としては、『magnolia』の歌詞による部分が多かった。
サビが「今日 夢の続きをみたよ」で始まるんだけど、soulkidsのライブを見たくても見れない期間が長く続いた自分にとって、この日soulkidsのライブを見れていることが待ち焦がれた【夢の続き】のように思えたから。
大好きなsoulkidsの楽曲が演奏されている中、ふと思考を巡らして思い出したんだけど、初めてsoulkidsを聴いてから10数年たってるのに、今好きな音楽は確実にsoulkidsと地続きにあるなと思った。
例えばONIGAWARA、コンピが無かったら聴いてないかも。
例えばcinema staff、初めて見たときはsoulkidsと一緒だったのでsoulkidsがいなかった聴いてないかも。
僕が好きなアイドルであるグデイがONIGAWARAやcinema staffに曲を書いてもらってたり。
なんだか、全部が全部つながっていることに気づいて多幸感に包まれた。
つながりの根本はsoulkidsなんだけども、もっと大本をたどって考える。
本当の大本は、愛知県で生まれ育ったことなんだろうとなる。
関東圏に実家があるかどうかは文化的成熟に対して多大な影響があるのは事実で、例えば声優やアイドルを追うなら明らかにそう。なんで東京に生まれなかったんだろうって頭を悩ますことも多い。
でも、その夜は「愛知県に生まれて良かった」と思えた。
上京するタイミングは何度かあったけど、愛知にとどまった。これは地元を離れるの面倒だなというとても消極的な理由で選んで、後悔もしているんだけど、「まぁこれはこれで良い選択だったな」と思えた。
間接的だけども、自分にとって「音楽に救われる」ってこういうことなんだろう。
最後に
この日はONIGAWARAがsoulkidsの『Friday』をカバーしたんだけど、「当時から歌詞を覚えてる」って言ってたのが印象的だった。とてもわかる。
soulkidsのライブ中、シンガロングになる場面はあったんだけど、もう全員全曲歌えるだろうってぐらいの大合唱だった。
その場にいた人たちにとって、色褪せない音楽であり続けたってことなんだろうなと思った。
みんなが大好きな楽曲「blue spring」はその名の通りに本当に青春で、『テレビ塔』や『赤い地下鉄』みたいに、名古屋を感じられる歌詞があってとても良い。
ヘッダ写真はsoulkidsのライブを見てエモくなって一駅歩いて見に行った名古屋のテレビ塔。
また書きます。