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自己紹介 (海外駐在に至るキャリア形成)

先ず軽く自己紹介を。アジアを転々としているアラフォー金融マンです。現在はシンガポール在住で、ここに至る道のり含めて、簡単にキャリアを振り返ります。


駆け出し時代:法人営業

入社当初は地方都市で法人営業を担当。
一言でいうとどぶ板営業で、終日自転車や原付/軽で既存/新規先に往訪。頭は使うというより下げる(お願い営業)のほうが多かった感じ。新規開拓した取引先が倒産したり、既存取引先とドロドロとしたやり取りを繰り広げたり、色々と苦労しました。

中堅時代:アナリスト

その後転職し、アナリストとして業界/企業分析を10年以上担当。
日系大手企業のみならず、アジアの財閥企業など、企業の実態に切り込んでいくのは非常に骨の折れる仕事だったが、やりがいも大きかった。

業界・企業分析に関して少し経験を共有したい。
分析のポイントは、業界のキーパーソンへのヒアリング等を通じて、過去のトレンドの背景にある変動要因を把握するのが重要。そこを掴めれば、あとはその変動要因が今後どうなるかを見通すことで、数年先についても、ある程度説得力をもって説明することが可能。

ここで難しいのが、将来起きうる潮目の変化(ゲームチェンジ)をどこまで織り込むかという点。日系金融機関では、前例踏襲・保守的な気風のため、過去のトレンドをそのまま延長することで、斯かる変化で予想を外した際にも免責されると考える人が多い(未だ顕在化していない予兆・不確実性を織り込むことは寧ろアナリストにとってリスクと考える「ファクト・ロジック原理主義者」)。

個人的には、そうした潮目の変化に対して、どこまで具体性をもって描写できるかに拘っていたが、一部の上司とは根本の考え方が合わないことも多々あった。また社内政治の結果、結論が右にいったり、左にいったり、不毛な時間を使うことも多かった。そこから逃避するため、海外勤務に目を向け、直近の10年間の大半は海外、特にアジアを転々とするキャリアとなった恰好。

現在:海外企画

再び転職等、なんだかんだとあり、現在はローカルスタッフとともに、海外事業の企画業務に従事している。ここで、業務についてはあまり触れず、海外で働くことの意義についてかるく触れたい。

その1:裁量が比較的大きく、見識も広がる

中堅時代の経験でも触れたが、本店では決裁までに必要なステップが多い他、役員などマネジメントとの距離も近く、様々な利害関係者との調整に相当な時間を要する。
一方、海外は決裁プロセスが短いだけでなく、部を跨いだ交流も多い(人数が少ないことから略全職員と顔なじみとなる)ことから、自分自身で業務をコントロールできる範囲が広くなる。

また、海外業務を通じて世界観を広げられることも醍醐味のひとつ。
例えば、ソウル時代の経験を例に挙げよう。最近は少し落ち着いてきたが、私が駐在していたころ、日韓関係は著しく悪化しており、嫌韓報道も過熱していた。私自身、正直言ってあまり好きな国ではなかったが、実際に駐在してみて、何故あの国の人々があそこまで過去に、日本に拘るのか、実体験として良く理解できた(こちらも機会/ニーズがあれば別途)。

その2:待遇も手厚い

あまり詳しくは書けないが、海外駐在は一定の手当のみならず、日本の給与に対して物価調整が掛かることで、手取りがだいぶ増える。長く海外にいることで、巷でいうFIREもあと数年で達成できそうなところだ。
また、各都市における一等地(日本における港区?)に格安で住めることも大きな魅力のひとつ。

その3:子供の教育環境

最後に大きいのはこちら。
私の子供は現在小学生だが、インターナショナルスクールに通っており、欧米・アジア各国の子供たちとともに研鑽する機会を得ている。また英語が出来ることで、インド人からプログラミングを習うなど、日本で経験できないことも多い。このあたりも機会があれば書いていきたい。

ということで、今回はこのあたりで。

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