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「ここちゃん」#3

#3「ソファを買って、ここをわたしの住処にするから」



ここちゃんは高いところと床が異様に好きだ。初めて家についてきた日、クッションの幾つか敷かれたテーブルへ案内しようとすると、キッチンとリビングのちょうど真ん中らへんで、ぺたんと座り込んでしまった。まるで陣地を確保した獣のように。それからは、そこが定位置になっている。ここちゃんが居ない時も、ここちゃんがいつも座るところだけほの暖かいような気がして少し変な気持ちになった。ほんとうは、フローリングの冷たいゆか。


晴れている日は出窓の出っ張っているところ(本来、座るべきではない)に、おまんじゅうみたいに丸くなって外を眺めている。鳥が来ても見向きもしないが、郵便屋さんの赤いバイクが通った時だけ「ウワー!」と叫ぶ。それはまるで威嚇するみたいに。やめなさいと僕が諌めると、「いやです」と呟く。「いやです」って、本当に、ここちゃんは何なんだろう。



ある日、ここちゃんが「ソファが欲しい、」と言い出した。


あまりにも急だったので驚いたけれど、そもそもこの家にはソファがあっても良さそうだし、僕の出不精のせいで家具屋に行かず放ったらかしていた部分もあったので、テーブル前に置けるような小さいソファを二人で買いに行くことにした。ここちゃんは珍しく乗り気だった。


仕事以外で久しぶりに荻窪を出る。欲しいものはこの街で大体全て賄えてしまうから、ここちゃんと外に出る時も大概この近辺を散歩するくらいだし、一緒に電車に乗るのは初めてだった。渋谷に新しく出来た巨大な家具屋に行きたかったけれど、ここちゃんと渋谷まで行ける気はしなかったので、吉祥寺で適当な家具屋を回ることにした。たった二駅の間、ここちゃんは、にこにこ、随分と機嫌の良さそうな顔で窓の外を眺めていた。


欲しいものは案外すぐに決まった。二軒目に行った家具屋の入り口付近に可愛らしい色の小さなソファを見つけ、ここちゃんはその場を離れない。ギリギリ二人座れるくらいのサイズで、大きさから考えれば少々値段も張るが、これに決めることにした。ふんわりした生地のそれは、昔ここちゃんが勝手に植えたパンジーみたいな青色で、僕の家には少し派手だけれど、なんとなく気に入ってしまった。一週間後に届くよう手配し、靴を脱いでソファの上で体育座りをしている彼女の手を引いて家具屋を後にした。日が暮れる前に終わった為、近くの居酒屋で久しぶりに飯でも食おうと思ったけれど、気がついたらもうここちゃんは居なかった。いつものすばしっこさで、井の頭公園の雑踏に消えてしまった。


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#ショートショート

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