住んで暮らす東京の街についてのエッセイ集 『あの街』 第3号 はじめに・目次
住んで暮らす東京の街についての5編のエッセイを集めたnoteマガジン『あの街』第3号を本日リリースしました。
本記事には「はじめに」と、寄稿された記事の目次を掲載しております。
はじめに
私事で恐縮だが、転職して5月から新しい会社で働くことになった。
前の会社も週1度だけ出社だったが今度の会社はフルリモートらしい。東京に一応オフィスはあるが社員は日本全国に散らばって各々自宅から仕事をしているんだとか。
そういえば6年前、社会人になって上京したとき一つ目標にしたことがある。
「どこにいても働ける実力をつけて、大学時代を過ごした京都に帰ってくる」ことだ。
正直働ける実力とかそんなことはカッコつけて言っているだけで、身寄りもないのに不慣れな土地に住むのが怖かった。それに京都のことが大好きだった(わかってて東京に出てきたのに、うじうじしてほんと情けないやつだな!)。
私の帰りたい京都には、寺社仏閣も桜も紅葉も重要ではない。
気取らない小さな飲食店やパン屋がたくさんあって、バスは時間通り来ないけど代わりに自転車でどこまでも行けて、そして鴨川の流れる「あの街」。
特別なイベントごとがない、なんでもないときが一番いい。たとえば出町柳から三条まで、川沿いを一人がむしゃらに自転車で駆けていく夏の夕方。
その湿っぽい空気をまとったまま、私は東京に出てきてしまった。
ともかく、京都に住むだけなら自分で働く場所をつくれるだけの実力なんて実際必要なかったのだ。社会人6年目の春、目に見えないウイルスが常識を変えてしまったから。
「京都に引っ越したりは、考えないの?」
今年の3月末、新卒入社した会社の同期が訊いて来た。お互いその会社はもうやめてしまっていて、そのときは1年ぶりに会って中目黒でホルモンを焼いていた。
リモートワークが増えてきて「別に東京いる必要ないよね」と思うらしい。
「引っ越したいよ、そりゃ。東京家賃高いし……」
そうは言うけど、もう帰れないなと内心思っていた。
京都での大学生活の後、就職などの事情で離れた人のうち何割かは、決まって京都に帰りたがる。
わずかながら本当に帰る人もいるが、ほとんどの人は新しい場所での生活に慣れたり、離れられない事情ができて、そんな気持ちを口にすることもなくなっていく。
私の場合はありふれたつまらない理由だ。今、東京で知り合った人と一緒に住んでいる。京都に住むことよりも、いま東京で気の合う人と暮らすことを優先したのだから私一人のしみったれた感傷は引っ越す理由にはできなくなった。
それだけだ。6年前、卒業したてのあの頃とは前提が変わってしまった。
こればっかりはしょうがない。
陳腐に言えば、私もやっと大人になったんだよ。
フルリモートワークの権利を手にして明らかになったのは、ひどくつまらないことだった。
しばらく東京を離れることがなくなった今、意味のない想像をしてみる。
「もし今後なにかあって東京を離れたとして、その先で東京の何を思い出すんだろう」
夏の鴨川沿いのぬるい空気を自転車で裂いていったあの日のような。ありふれているのに、鮮烈な記憶。
東京都世田谷区の片隅で暮らした時間のうち、何がフラッシュバックするんだろう。
休日の昼下がりの東急東横線。家の鍵をなくして泣きながら座った夜中の緑道のベンチ。近所のバーのトイレの外れかかった便器。コロナのせいでどこにも行けなくて、駒沢公園までビールを飲みながら歩いた日。
ふいに思い出すのは、きっとなんでもないこと。TripAdvisorや食べログには喜んで書かないことだと信じている。
あなたは、あなたの住む街の何を思い出しますか。思い出したいですか。
『あの街』第3号にも5編のエッセイが寄せられました。
それぞれの記事を読んでみたら、きっと「私も書きたい!」となると思います。ぜひご連絡ください。感想もお待ちしております。
今後も継続して、東京中の街の話を集めますので、noteのフォローもどうぞよろしくお願いします。
企画:ませり(@zweisleeping)
目次
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神保町駅 書物を巡る冒険 | ねこラジ
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白山駅 梅雨と初秋が似合う坂の街 | 河島えみ
江東区
門前仲町駅 春のうららの歩き方 | さかい
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三軒茶屋駅 煉瓦色のにんじん塔 | はいはっと
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