彼ではない別の人
人は仮面を幾つ持っているのだろう。私の彼は別の人になることがある。別の人、つまり、いつものおしゃべりな彼ではない、無口な人のこと。
私は彼の家で週末を過ごしている。先日月曜日のアルバイトで必要なものをそこに忘れてしまった。そのため、日曜の夜に取りに行ったついでにバイト先近くの彼の家に泊まった次第である。朝、自分の家からバイト先に向かうより1時間も眠ることができることと彼と過ごす時間が嬉しいから。
ただ、その日は違った。日曜日の夜の彼は私の知らない顔をした。ご飯を別々に食べたそうにするし、私が話しかけても間を開いて返事をしたりしなかったり。しまいには20時からベットで眠ってしまい、おやすみも言わない。私が風呂に入ってワンルームの部屋に戻るともう寝ますよと言わんばかりに明かりが消されている。20時に寝る気分ではない私からするとはた迷惑なのだが、なに分居候の身、強くは言えないので、ベットの中でYouTubeを見る。最小の音で。それでも彼のそっぽを向いてしまった後頭部だけが嫌に、迷惑そうにうつる。
そして、目覚めると彼はいない。
すっぽりともぬけの殻の布団を眠気まなこに眺めた。仕事に行ったのだろう。
その時の私はというと、よし、しめた。と思う。大学生にも社会人の月曜日の辛さが分からないわけではない。早くから眠りたい日だってあるだろう。ただ、肩身狭い思いをしたのだから、思い切り寝させてもらうよと、大の字になって自分の家のようにくつろぎ、朝の時間を楽しむ。彼がいなくなったホカホカのベッドを占領し、しばらく二度寝を楽しんだ。
別の人は半年に一回くらい現れる。理由は知らない。私だって理由なしに彼と話したくない日もある。それに構って欲しいわけではない。お互い心地良く過ごせるようになればいいと思う。ただあの無口な誰かに、礼を付くしてほしいものだと思わないほどお人好しではないから、こうしてやり返しをしているのである。
布団から出られたら、彼のお気に入りのコーヒーを一杯飲んでやろう。