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人生で2回しか旅行したことがない私が、旅モンスターの彼と出会った


九州住まいの私が20年間生きてきて、未だかつて東日本に行ったことがない。というのが、自慢であった。自慢になり得るかはべつとして。

旅行が好きか?という疑問がまずある。アクティブな人間とは違い,私というやつは美術部とか軽音部とか文化系サークルが板についている。どうしても,知らない街を訪問する、旅行と言うアクティブなものに身構えてしまう。しかも、家族全員がそんなだ。きょうだいの卒業祝いに家族旅行に行くか行くまいか決めかねて、家族会議が開かれたが、結局お金かかるから今はいいか、と流れてしまうほどの出不精一家。そんな訳で人生で2回しか旅行したことがなかったのだから、れっきとした反トラベラーだ。

それにもう一つ疑問がある。人生の先輩方から耳にタコができるほど聞いた「大学生のうちに旅行しないともう一生行けないかもよ」と、誰かが決めたかわからない習わしに従って「旅行、旅行」と迎合する大学生がみっともないと思わないか?従順に「どこかいかなきゃ、いかなきゃどこか」と焦る姿もみっともない。
SNSで友人どもが、旅行の写真投稿を増やしていくのに反比例して、私の心はやさぐれていく。そんなわけで、ひとり、大学生になった否や旅行する友人どもに反旗を翻していた訳である。

ところが、大学2年の終わりになると私は突然、旅行したい気分になったのである。

これにはいくつか理由があると思う。
まず旅行好きの社会人の彼との出会いである。大学在学中、全国を一周してしまうほどの、ひとり旅モンスターな彼は、日本文化を愛していた。彼の旅行狂いは「物ではなく、人生に一度しかない《経験》に投資したい」ことに紐づいてるらしい。なるほど、分からなくもない。
やれどこどこじゃと写真フォルダーを片手に全国旅行の思い出話に精を出される。けっ、ばーかなどと思う暇なく、私はその写真に見入った。
へぇー、青森県のねぶた祭りね。ほほう、山形県の銀山温泉ねぇ。新潟県のドラゴンドラは11月のにしか乗れないのねぇ。
彼による旅の思い出攻撃は、じわじわと効果を及ぼした。行ってみたい、味わいたい、体験したいと、旅行意欲を妙に煽る。彼に新潟県の貝掛温泉に誘われた時、よっしゃ行くべ、と私は密かに決意した。彼の作為にまんまとひっかかった訳である。

二つ目に私の年齢である。18や19の頃のように、みんなと一緒でたまるかい、旅行なんて行かなくても人生楽しめるわい、お家万歳!というような思春期の気骨が、もはやないのだ。彼氏と旅行?どうぞどうぞ、ディズニーにサプライズ旅行、いいねぇいいですねぇ。と、なんでも許容するお姉さんの気分。それに、アルバイトで貯めた少しのお金を、同じような洋服やメイク品に使うくらいなら人生の経験ってやつに使っても良いのではと、彼の考えに乗っかってみたい、と思うようになったからだ。
そんなこんなで、人生初の本州へと赴いた。

そうして旅に出た私が、どう感じたか。
あなたの思った通りです。

ジブリ映画で出てくるような趣深い瓦屋根の旅館。その土地の風土でしか作れない温水に、豊かな自然の産物であろう川魚の塩焼き、地元野菜にこれまた地元の味付けを加えた漬物。郷土料理の数々に心打たれ、あれま、ここは竜宮城かしら、というような感覚にさせる。
特に秘湯とよばれるような温泉は極上だ。彼の言葉をお借りして、多少うんちくをたれると、秘湯というのは昔戦に疲弊した武士が人目を忍んで訪れる、憩いの場であったそうな。だから、効能の良いところは例え訪れるのに足がクタクタになろうと、訪れる価値がある。なんてジレンマな言い伝えがあるらしい。 

その話を聞いた時、武士ほど命懸けではないが、大学社会は案外、戦いかもしれない、とおもった。
女たちの長い長い恋愛話に坐禅を組み、学舎の外に出れば学歴社会というムチに肩を叩かれる。中学時代、勉強しないで悠々と生きる地元のヤンキーに少し憧れた時期もあったことなどとうに忘れ、勉強に励みマナーを覚え、必死に社会人のマスクをかぶろうとする。だのに、社会というやつは、弁のたつ奴が大好物で、私のような口の不味いものは惨殺されたりするのだから悲惨だ。何もかもに拳固でアッパーカットをされたかのような気持ち、というのは,大袈裟かもしれないがそれに近い気持ちを持つこともある。現代の女武士こと私が、憩いの場を求め、温泉に惹かれたのも必然だったかもしれない。
とにもかくにも、旅の中では全てが,新鮮な癒しだった。後からどんなにお金を出しても買えない、貴重な財産になったのかもしれない。

大学生になって初めての旅行から、3年経とうとしている。コロナの様子を見ながら、九州はもちろん、新潟、大阪、広島などなど、色んな土地を旅した。最近の彼は「一度は行ってみたい旅先ランキング」なる本を読みながら、もっぱら田舎旅を夢見ている。そんな一人旅モンスターの影で、私の旅行意欲は、ぐんぐんと登っていく。彼が、本のページをめくりながら「二人で旅するのも、なんていうか、新鮮で良かったなぁ」と満足そうに呟いた。すいません、それ、これからも乗っからせてくださいな。

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