6月5日 ろうごの日
「ああ、暇で忙しいわ」
母から電話が来たのは土曜日朝8時であった。
意識さえしっかりしていれば電話にも出なかったのだろうけれど、夢うつつであれば、電話が鳴ったならそりゃ誰だって出ちゃうでしょ。
「朝っぱらからなぁに」
不機嫌を隠さずに私は言う。母もそれを自分に対する不機嫌だとは受け止めずにあっけらかんと笑う。
「ばあちゃんのとこ行こうかと思って」
そう言われ、私はすぐに了承した。祖母に会うのも久しぶりである。それではと電話を切るとすぐにメッセージが入る。祖母の住む最寄り駅に9時半。
二度寝は出来ないのだなと理解し、私は顔を洗う。
予定時刻に駅に到着するとすでに母はそこにいた。その後ろ姿が思っているよりずっと小さくてか細いのだ。私は少しだけ驚いて、声をかけるタイミングを一瞬見失った。すると母の方が先に振り返る。
「お、早いね。じゃあ行こうかね」
そう言って笑った母の笑顔は私の知るいつもの母の顔であり、老いも若くもイメージのまま変わらないそれだったので安心した。
表情は変わらないけれど、体は確実に老いているのかも知れない。
うっすらとそんなことを思いながら、久々に母と二人でバスに乗るのだった。
「はぁ、体があちこち痛くなってきてね」
間もなく60歳を迎える母が眉をひそめて言う。やはり、歳を取っているのだなと妙に納得した。
特に弾む会話をすることのないまま程なくしてバスは祖母のいる特別養護老人ホームの前に着く。流行性風邪のせいで現在は直接の面会は原則出来ず、私と母は大きな窓のある部屋の前で待機する。そこに祖母を連れてきてもらい、電話を通じて話をするのだ。
手に触れることも、その年齢の割には十分に若い肌質を確認することもできない。
「ばあちゃん、ハルだよ」
窓越しの祖母に向かい、電話に声を向けて名前を伝える。祖母は私を分かってくれたようで、視線を合わせて微笑んでくれた。
老いなのか、最近祖母はあまりたくさんを自ら話すことはなく、こちらの問いかけに応じてくれるのみ。
けれど、私にはそれで十分だった。
祖母は明らかに元気な様子が伺えたし、私の顔をちゃんと認識してくれているようだったから、私にはそれで十分だった。
「ばあちゃん、元気だったね」
帰り道、私は母に言う。
「そうね、ハルが会いに言ってくれたからすごく喜んでいたしね。幸せそうだったね」
そう言って笑う母こそ、幸せそうに笑うので私も笑う。
「早くばあちゃんみたいな幸せな老後になりたい」
私が最近のしんどい仕事を思い返しながら言うと母はまた笑う。
「幸せな老後には幸せな今よ!」
「え、どういう意味」
私が聞こうとすると母はちょうどきたバスに向かって走る。走りながら、叫ぶように言った。
「幸せな今のつみかさねが老後よ。だからばあちゃんは今までずっと幸せだった。だから今も幸せなのよー」
幸せに生きなさい。
そう、最後にまた大きな声で言ってバス停に着くも、そのバスは私たちの乗るバスではなかった。
「でも幸せよ」
何だかむりくり自分を納得させた母は、元気に息を切らしていた。
ああ、なるほど。
老後はつまり、今のこと。
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【今日の記念日】
6月5日 ろうごの日
兵庫県神戸市の神戸市老人福祉施設連盟が制定。超高齢化社会の中で高齢者も若者も何を考え、何をなすべきなのかについてみんなで考え、共に支え、社会を発展させるための行動を起こす日とした。キャッチコピーは「高齢者の元気は、若者の元気、社会の元気」。日付は6と5で「ろうご」と読む語呂合わせから。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
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