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10月3日アンパンマンの日

 今日だけは、と隼人は意気込んだ。数メートル先にはジャズーがいて、鼻息荒く今にも襲いかかってきそうである。

「ねぇ、やっぱり向こうから行こうよ」

 妹の沙耶が心配そうに声を掛けた。しかし隼人には聞こえていない。ただ目の前の敵をにらみ、頭のなかではいつかの担任の言葉を思い出していた。

「みんなも、年に一度だけアンパンマンになってみよう」

 道徳の時間、人を助けると言う学習 テーマでアンパンマンを見た。授業中にアニメを見ると言う何とも言えない高揚感からか生徒たちは大いに盛り上がる。一年生にもなってアンパンマンなんて、と思っていた隼人だったが、久々に見たアンパンマンの正義に誰よりも強く魅せられたのも彼である。
 しかしそうは言っても、急に正義の味方になりきるのは格好悪いと思い、どうしたものかと考えていたところ、年に一度のアンパンマンの記念日があると聞いた。そして担任はその日だけは皆もアンパンマンになってみようと言ったのだった。

 そして、その日は今日だった。

 妹のためにアイスを買ったお使いの帰り道。この通りをまっすぐ進めば自宅はすぐそこだ。けれどここには先のジャズーがいる。ジャズーは体の大きな犬で人が家の前を通ると、なんとも大きな声で吠えまくる。隼人も沙耶もその声を恐れ、普段は決して通らない。

 しかし今日は季節外れの真夏日。この道を避けるならば遠回りしなくてはならない。隼人と沙耶が2人で歩くならば10分以上のロスになる。きっとアイスは溶けてしまうだろう。そこで、隼人は決意したのだ。今日は自分が沙耶のアンパンマンになるのだと。

「大丈夫、沙耶。お兄ちゃんがついてる」

 沙耶の顔を見てそう告げると、少し安心したのか沙耶は笑った。隼人もつられて少し微笑む。そしてすぐにまたジャズーを見た。吠え始めたら沙耶の耳を塞いでやろう。右手で塞ぎ、左手で沙耶の手をとって走るのだ。そうすればきっとあっという間にこの道が過ぎるはず。そう算段し、小走りに2人は走り始めた。

「ヴゥー!ワンッワンワンワン!!!」

 ジャズーが気づき激しい響きで吠え始める。あまりの大きさに思わず隼人の足も止まる。沙耶を見ると早くも泣きそうだ。隼人は慌てて足を動かすが、またジャズーが吠える。その度、足が竦む。

「僕は今日、アンパンマンなんだ」

 隼人は小さく、けれど自分に聞こえるように呟いた。そして1歩、また1歩と進む。進む度に吠える声はつよくなる。鎖が荒く揺らされてうるさい。やっぱりもう、そう諦めかけた時。

「ご飯だよー」

 飼い主がジャズーを呼んだ。ご飯と聞いてジャズーはそちらに駆けていく。わふぅ~ん!と甘えた声で隼人たちから離れていった。

「ジャズー、いなくなったね」

 沙耶が泣きそうだった目を擦りながら言う。隼人は繋いだ手に力を込めてうなづいた。
 正直、怖かった。1人であればきっと泣いていただろう。でも、今日の僕は違う。

 沙耶が微笑むと、隼人は誇らしく思えた。昨日も、きっと明日もアンパンマンにはなれないけれど、この瞬間だけは誰よりも僕がアンパンマンだった。


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【今日の記念日】
10月3日 アンパンマンの日

子どもたちに絶大な人気を誇る国民的キャラクター「アンパンマン」(原作・やなせたかし氏)の記念日。日付はテレビアニメ「それいけ!アンパンマン」が日本テレビ系列で放送を開始した1988年10月3日から。「アンパンマン」はいつまでも子どもたちに「愛と勇気」を届け続ける。

記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

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