6月8日 ローションパックの日
「ぎゃー!妖怪コットンおばけ!」
そう言って私にコットンを投げつけてきたのは、甥っ子である。4歳の幼稚園児、いたずらっ子全盛期の模様。
妖怪なのかおばけなのか、投げたのは君なのに、設定がぶれぶれである。
「ほら、幸輔!明日の準備したの?」
「うわっ!こっちには鬼婆がいる!」
楽しそうに言い終えると、若干本当に鬼婆のように眉間にしわを寄せた妹が仁王立ちである。
「いい加減にしないと、怒るよ」
怒る予告が聞いたのか、幸輔は渋々部屋に入っていった。
私は彼が投げつけたコットンを広い、その一つをはたき、コットンをしみこませておでこに貼った。よくよく考えると、コットンおばけとは失礼なものである。
結婚式を控える花嫁に向かって。
「ごめんね、騒がしいわくだらないわで」
妹が謝るので、私は首を振った。結婚式の招待状を渡す口実で、久々に妹一家の家にお泊りをさせてもらっているのだ。騒がしくもくだらなくもない。
「いや、全然問題ないよ」
私はそう言って、手のひらで頬を覆うようにしてコットンを押さえた。肌に、ローションが染み渡るようにと願って。
「でも、すごいよね、働きながら子育てって」
私が言うと、彼女は困ったように笑って言う。
「そうだよ、投げられたコットンを丁寧にはたいて拾っている暇がないわ」
でもその笑い方は、何というか幸せが滲んでいた。
2歳下の妹は、現在25歳である。短大を卒業し、社会人一年目の時に結婚、幸輔を産んだ。理解のある職場だったらしく、産前産後休暇と育児休暇を取ったあとに復職した。実質、あまり仕事をしないうちに育休に入ったものだからたとえば同期に追いつくのに大変な思いをしたと以前聞いたことがあった。
それも、幸輔を育てながらである。
想像だに出来ないけれど、想像以上に大変だろう思う。
本人曰く、幸輔も大きくなり、自分も仕事にようやく慣れてきて最近は少し楽になったらしいけど。
「すごいよね、莉央」
私は素直に感心し、そう言った。彼女はやっぱり困ったように笑う。
「まあどの選択も自分でしたことだからね、頑張らなきゃとは思っている。でもやっぱりしんどいなって思うことは結構ある」
「私にもいずれそれが務まるのだろうか。だって、母の顔、妻の顔、社会人の顔。そんなに一度にできないよ、私」
私が不安そうに聞くと、彼女は少し考えて言う。
「一度に全部の顔になるわけじゃないよ。そのローションパックみたいにすればいいじゃない」
彼女はいい、私の頬に貼ったコットンを指さした。
「このほっぺが母の顔、こっちは妻の顔、おでこのコットンが仕事の顔で、お姉ちゃんは趣味もあるから、この顎のは趣味の顔」
コットンに役割をつけられた。
「シートマスクのパックにしないで、コットンを一つずつ、必要な時にそこにおいてその顔になればいいんだよ。全部その顔になる必要ないよ、その時々で変えればいいから、大丈夫」
妹ながら、先人の言葉はなんと心強い。
とはいえ、まだ子供が出来たわけでも、何だったら結婚式や入籍もしていない婚約状態なので、ほとんどの顔が未完成ではあるが、ひとまず分かった。
全部を背負わず、その時々に少し合わせればよいのだ。
そう考えると、少し楽になった。
「そうね、ありがとう。気が楽になった」
私は妹に礼を言い、立ち上がる。
「幸輔ー!遊ぼう!」
コットンをはずし、私は彼の部屋に向かう。扉が開き、甥っ子は顔を見て言った。
「来たな!花嫁星人っ!」
さて、この顔はどこにコットンを置けばいいのだろうか。
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【今日の記念日】
6月8日 ローションパックの日
エステサロンの経営など美容と健康に関する総合プロデュースを手掛ける株式会社チズコーポレーション。その代表取締役を務める美肌師として著名な佐伯チズ氏が制定。スキンケアの基本となるローションパックのさらなる普及が目的。日付は6と8で「ローションパック」の語呂合わせから。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
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