見出し画像

12月26日ツローの日

 私の祖父は釣り好きである。

 そしてその孫である私も釣り好きである。

 高校1年の私と70歳になる祖父とで月に1度、多いときには2度3度と出掛けるのはなかなか聞かないのではないか。ではそんなに頻繁にどこに向かうのかと言うと、釣り場である。

「どう?」

 私が聞くと、しばらくしてすこし遠目に声が聞こえてくる。

「いい感じ」

 決していい感じではないアングルで返事をもらう。

「じいじ、クーラーボックス、右に置いてるでしょう?その上に置いて、画面にじいじの顔が映るように角度を調整してみて」

 ゆっくりと細かく伝え、暫く様子を見る。


 今日は思ったよりも風が弱く、陽があるので少し暖かい。目の前に広がる海から香る潮臭さが心を弾ませる。

「どうかね」

 ガタッと音がすると同時に祖父の顔がアップで画面に映し出された。私は思わず笑ってしまう。

「じいじ、近いよ」

「なぁに、難しいなぁ」

 何度目かの調整で祖父の穏やかそうな横姿が見えた。なんとなく嬉しくなって、少しホッとした。

「いい感じ」

 私が伝え、祖父も安心したように微笑み、前を向く。ひと呼吸置くと、祖父が前を向いたまま言う。

「じゃあ、始めようか」


 初めて祖父の釣りに付いていったのは、私が4歳の時だったらしい。らしい、と言うのは正直覚えていないからだ。怖がることなく釣れた魚をワッシと掴んでいたと言う。

 小学生に上がり、夏休みに私だけで祖父母の家に泊まりに行ったことがある。祖父母を独り占めして遊べるのだと喜び、祖母とはお買い物に、祖父とは釣りに行きたいと言った。

 そこで、釣りに魅了された。

 ビギナーズラックと言う言葉を知ったのは随分あとだったが、驚くほどたくさん釣れたのだ。ハゼやカサゴばかり10匹は釣れた。楽しくて嬉しくて、祖父母の家に滞在中にほぼ毎日行ったほどだ。

 そこから少しずつ祖父に教えてもらいながら、回数を重ね、行動範囲を広げ、それは私の趣味と言えるほどになった。

 去年まではほぼ毎月祖父と釣りに行っていたが、最近はなかなか会える時間もない。そこで、先月の祖父の誕生日にタブレットを送ったのだ。テレビ電話でお互いを映し合い、それぞれがそれぞれの場所で釣りを行えば、少しは「一緒に釣りに行ってる感」が出るかなと思って。

「お、でかいのキタ!」

 祖父が大きな声で言い、よほど大物なのか、ガタガタと画面が揺れた。その直後に画面がブレ、真っ青な空だけが映った。

「じいじー」

 もちろん呼び掛けにも応じず、暫く私はタブレットの画面を眺めていた。

 一緒に釣りに行ってる感はあるけれど、一緒に行ってはいないのだなと、少しだけ寂しさを感じる。

「ほれ!」

 急に画面がまっ暗くなり、祖父の声だけが聞こえた。もっと下がって映してと伝えると、段々と祖父が見えてきた。少しずつ後退し、全身が見えたところで祖父と魚を確認する。小さく映る祖父の顔は満面の笑みのようだ。

「やっぱり一緒に釣るのは楽しいなぁ!」

 大きな声でそう言ってくれた。


 一緒に釣りに行ってる感は実際一緒に行ってはいないけれど、同じ時間を一緒に過ごしているのだ。

 これはこれでありかも知れない。

 私は針に青イソメを付けながらちょっと笑った。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

【今日の記念日】
12月26日 ツローの日

広島県広島市に本社を置き、釣用品総合卸商社として全国に数多くの店舗を展開する「かめや釣具株式会社」が制定。ひとりでも仲間とでも楽しめる釣りは老若男女を問わず幅広い層の人に愛されている。記念日を通じて自然とふれあう釣りの楽しさを広めるとともに、釣り人をサポートするのが目的。日付は26を「釣(ツ=2)ろ(ロ=6)ー」と読む語呂合わせで、1年を通じて釣りを楽しんでもらいたいとの思いから毎月26日に。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

いいなと思ったら応援しよう!