5月4日 エメラルドの日
成人のお祝いにともらったのはエメラルドの石がついた指輪だった。
「琴子にはこれを渡しておくわね」
「こんな大事なものをもらっていいの?」
「うん、私が大事にしていたからこそ、琴子にもらって欲しいのよ。成人、おめでとうね」
微笑む祖母の顔は小さなころから変わらず穏やかなもので、成人になったばかりだと言うのに、私も自然と童心に返ってしまうのだった。
それが10年ほど前、私が20歳になる年であった。
そのときから、あまり会いに行くことが出来なくなった。
単純に大学の卒業にむけた準備で忙しかったことと、就職すると今度は仕事が忙しく、やはり会いに行けない。それでも何とか2年に1度ほどの夏期休暇で会いに行ったものの、施設で過ごす祖母と丸一日を過ごすことは出来ず、昔のような時間を共にすることは出来なくなっていた。
今は写真や動画、ビデオ通話などができることもあって、直接会いに行くことは少なくても、顔を合わせるツールはいくつもある。頻繁に連絡する事で会いに行けないことを補っているつもりだが、果たしてどうだろう。
そのせいもあってか、10年前に祖母からもらったエメラルドの指輪はその時のまま大切にしまっていたのだ。
例えばこれが頻繁に顔を合わせるような距離であったなら、きっともらったそのすぐ後にでもサイズ直しやクリーニングを行っただろう。それは次に会うときに早速つけて見せようと思うからだが、なかなかその機会がないので、やっぱり大切にしまって・・・・・・おかずに取り出して店に向かったのはつい2週間前のことである。
「お待たせいたしました」
店員さんが持ってきてくれたのは、私の薬指のサイズに合ったあのエメラルドの指輪だった。
「綺麗に、磨いてくださったんですね」
「ええ、元のお石がとても綺麗なものだったので、少し磨けば光ってくれました」
店員さんのおっしゃるとおり、それはとても輝いている。石を傾けて光の当たる位置を変えれば緑一色だけではないと感じる。
そこに、祖母がいる。
私は指輪を右の薬指にはめて店を出た。
「受け取った?」
駅に着くと、彼がすでに来ていた。私は頷き、微笑む。彼もそれを見てほほえみ返してくれた。
「じゃあ、行こうか」
そう言ってエメラルドの指輪をはめた右手を彼の手に重ねた。
祖母に会いに行くのだ。その当日にようやくサイズ直しとクリーニングが終わり、手元に返ってきた指輪を持って、私は、祖母に会いに行く。
「おばあちゃん、僕で認めてくれるだろうか」
彼は不安そうに言うので、私は笑う。
「エメラルドは、幸運、幸福、安定、希望の石よ。それを私にくれたのだから、その私が選ぶあなたを認めないわけがないでしょう」
そうだろうかとまたも眉間を歪めるので、握った手に力を込めた。
「5月生まれのあなただし、気に入ってくれるはず」
からかうようにそう言うと、ようやっと彼は笑ってくれた。
私は祖母にもらった指輪をつけて、結婚を報告しに向かう。
私はこれからエメラルドのような人生を彼と一緒に歩むのだ。
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【今日の記念日】
5月4日 エメラルドの日
美しい緑色の宝石エメラルドをアピールするために、コロンビアエメラルド輸入協会が制定。エメラルドの宝石言葉は「愛と幸福」。5月の誕生石としても知られている。日付は緑色の連想から「みどりの日」と同じ日に。宝石用のエメラルドの80%以上がコロンビア産といわれる。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
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