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0112_ショルダーバッグ

 前を行く男性がいる。駅の改札前、通勤電車を降りて改札を急ぐ群れの中で、私の前にその男性はいた。結構身なりが崩れている。くしゃくしゃのスラックスはセンターラインがすでになく、ブラックなのかグレーなのか色褪せているようで分からない。同じようにしてジャケットもくすんでいる。もし、そういうオシャレなカラーなのであれば大変申し訳ないが、そこここに糸屑や白いなにかのホコリがついているのを見る限りは多分『そうなっちゃった』んだと思う。ジャケットの型も崩れている。肩パッドが入っているのだろうか、妙にイカリ肩な気もするが。・・・・・・イカリ肩ってそう言えばなんだろう。いずれにしても、はまるところにはまるものがはまっていない感が強い。
 私は彼を追い越しそうになり足元のスピードを緩めた。もちろん後ろに続く人への配慮を怠らず斜め目で後ろを気にしながら徐々にゆっくりと。彼の歩みはゆっくりである。
 くたびれた上下スーツの右肩からショルダーバッグが下げられていた。斜めにではなく真下にさげている。とてつもなく重たそうな黒くて布地の厚いそれもやっぱりくすんでいるのだった。もうショルダーが悲鳴をあげている。ベルトが食い込む肩が痛そう、ではなくて、重い鞄を吊っているベルトそのものが可哀想。何をいれているのだろう。仕事の書類かな。例えば営業職であれば客先に渡すパンフレットだったりするのだろうか。あんなんなんぼあってもいいですからね。とか、頭に浮かんで1人ちょっと笑った。
 ふと気づく。彼の黒い重厚ショルダーバッグに南京錠が付いていた。こちらもまたくすんだ金色のそれである。なにかの鍵にしている様子はまったくない。だって、ショルダーのリングフックに付けているから鍵にもなってない。
 でも南京錠だ。
 まるでシドアンドナンシーみたいなその錠に私は妙に惹きつけられてしまう。この彼に南京錠をつける誰かがいると言うことだ。恋人だろうか。その恋人はどんな顔をしているのだろう(そもそも彼の顔をまともに見ていないけど)。どんな風にして手に触れて、どんな風にして並んで歩いて、どんな風にして抱きしめ合うのだろう。
 この人にも、唯一の誰かがいる。
 重いこの荷物をもってスーツがくたびれるほどに懸命に働くのはその彼女のためだろうか。通りすがりの知らない人なのだからそんなことは知らない。でももし、本当に南京錠の彼女がいて、そのために懸命に働いているのであれば、なんと綺麗な生き方だろう。
 私はどこか生温い気持ちで持って静かに笑った。私の靴もくたびれている。

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★著者:あにぃ

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