0203_鬼は誰
ひどく眠たいのだった。読まなければならない本も、解かなければならない問題も、それは山ほどあるのだけれど、どうにも眠たくてしかたない。こんな風に眠たくなると、頭のなかはぼんやりと濁り、これまでにあったことなかったこと、色んなことを思い出しては夢うつつと、現実との境目を楽しんだりできる。
公園の公衆トイレの中だった。暗がりで、電球も切れている。いつの記憶だろうか。分からない。分からないけれど、尿意はあって、身震いをしながら私は小便器の前に立ち、自然にズボンのチャックに手を触れる。ジッとそれを下げようとしたときに妙な違和感を覚える。そう言えば、私は女性である。
難なく小便を済ませ、私は公衆トイレを後にした。若干、寒さから指がかじかみ、チャックを上げるのに手こずったくらい。
暗がりは続いていて、長く細い通りを歩いている。私の横には誰かいるようだったが、話す声もその内容も分からない。でも、どこか楽しそうにはしている。
手をつなぐ。
暖かさも感じているようだった。
夢か思い出かの中にいるのはわかっているけれど、分かっていないように私は楽しそうである。とても心地はよかった。そーっと、隣の人間が誰であるか、窺ってみる。
私だった。
ああ、そうか。
これは私が夫と出会って間もない頃の思い出だ。なぜ私が夫側で再生されたのか分からないけれど、確かに私たちには思い出がある。心地よいのはそのせいか。ぼんやりとした意識の中で、私はゆっくりと目を開ける。
「大丈夫、何か悲しいことでもあった?」
そこには妻がいる。妻、妻?私ではないか。目の前にいるのは確かに私である。
「今日は節分だから、陽二の好きな巻き寿司作って恵方巻にするね」
ふぁんと香るのは味噌汁か。夕飯の時間のようだが、なんだろう、私はいったい誰なのだろう。
「嬉しい、好きなんだよね、夏菜の作る恵方巻」
夏菜は私のはずなのに、私は陽二なのか。そして私はこんな風に混乱しているのにどうしてすらすらと話が出来るのだろう。私はこんなにも眠くて眠くてもう意識が保てないでいるというのに、私のこの記憶は誰で、この私は誰。
「翔くん、ご飯の準備してくれる?あ、まだ豆まきしないよー」
トトト、と恐らく翔だろう子供が駆け寄ってきて、私に触れる。その小さな手から豆が放たれ、同じく小さな声で「鬼は外」と発した。
鬼は外。
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★著者:あにぃ
※ふいに鬼がまぎれちゃうからどうか皆様、気を付けて。