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7月11日 ラーメンの日

『人生楽ありゃ苦もあるさ』だなんて言うけれど、はて、楽なんていつ頃あっただろうか。

 私は今、涙を流しながらそれをすする。

「順番の問題じゃないんじゃない?楽もあれば苦もあるし、苦もあれば楽もあるという・・・・・・」

「おまえが言うな」

「はい、ごめんなさい」

 隣でズゾゾ!と麺をすするのはまもなく元彼になる彼氏である。30歳になる今年、今こそ!などと言って自分探しの旅に出るそうだ。行き先は海外の様々な場所を転々とするらしい。

 知らんがな。

 5年のつき合いとなる彼と、同い年である私もうっかり今年で30歳になる。

 自分探しに海外に出ると言われたとき、私は一瞬悩んだ。今から自分を捜す人を待っていたら、私はいつ結婚出来るだろうかと。果たして彼とのつき合いを見直すべきなのか、けれど私は彼が好きだし、これまでの5年間の愛情だってある。それはこれからも大きくなるだろうし、その愛情をもって家庭を築きたいと想い描くことだって正直何度もある。

 まぁ、端的に言えばそろそろ結婚する流れでしょ!と思っていたわけだが、それも見直す必要があるだろうか。

 こんなことを一瞬で色々考えていたのだが、私の結論が出るより先に、彼に言われた。「別れたい」と、彼は言い切った。待っていてくれるか、とか一緒に来てくれるかなんて言葉の一つもなく、別れることが彼の中で決まっていたらしい。

 じゃ、私もそうしよう。

 私はスパッと決めた。決まっていることを覆すのは容易ではないし、だらだらと続けられる年齢でもない。ついてきて、とも待っていてとも言われていないけれど、もし言われていたとして、ついて行くと即答出来ない自分がいることも認識していたからである。

 でも、だからと言って何の未練も悲しみもなく見送れるほど私は大人ではない。

「時々、手紙出すよ」

 レンゲに麺や具、スープを入れてミニラーメンを作っていると、横で彼が言う。私はそちらを見ることなく、ミニラーメンを作りあげて口に入れる。租借して飲み込んだ。

「約束出来ないことはいらない」

 私がそう言うと、彼はごめんとだけ言った。


 私が食べている味噌ラーメンは、最初に彼が勧めてくれたくれたものだった。彼の食べている塩ラーメンは、何度目かにここに来たときに私も食べたことがある。彼とつきあうまで、私はほとんど醤油ラーメンしか食べてこなかったが、彼にいろんな店のラーメンを教わり、今は味噌が好きだったりする。

 思い返せば5年の間、ラーメン一つとっても、いろんなものを食べてきた。ラーメンを食べに二人で旅行に行くこともあったりした。眠れない夜中に、二人で静かに夜を歩いてそれを食べに行くこともあった。

 そもそも、今いるこの店は初デートで連れてきてもらった店である。

「でもやっぱり、時々手紙を書くからさ。元気でいてよ」

 彼はそれを食べ終え、丼には少しのスープだけだった。それを見て私は言う。

「楽かどうかは分からないけど、『楽』しいは確かにあったよ。あなたも、元気で」

 私はそう言ってスープ丼に口を付けた。

 啜るそれは思い出で、飲み干すそれは悲しみだった。

 そうして、私のおなかは満たされる。多分また、この一杯も思い出になるのだ。

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【今日の記念日】

7月11日 ラーメンの日

一般社団法人日本ラーメン協会が制定。ラーメン産業の振興・発展とともに、日本独自のラーメン文化を支えるのが目的。日付は7と11の7をレンゲに、11を箸に見立てたことと、ラーメンを最初に食べた人物とされる水戸黄門(水戸光圀公)の誕生日(新暦・1628年7月11日)から。

記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

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