6月29日 ビートルズの日
雨が上がって、嘘のように晴れた。雨露が草に乗り、キラキラと光その様は、なんだか幸せと呼ぶものに似ている気がする。
俺は、最悪だとつぶやいた。
今度もまた選外だ。
「いやいや、2次まで残ったんだ。惜しかったんだよ」
惜しくもかすりもしていない結果に、山田は慰めのように笑ってくれた。その優しさが、染みて痛い。
「もう、何年だろう」
ずっと夢だった小説家を目指そうと思って仕事を辞めたのは30歳手前のちょうど今の時期だった。最終出社日も、確か雨が降っていた。
あの日から、思うように書き、時々筆を止め、思想に耽り、再び筆を進めた。その結果として生み出される作品達は、見事に毎度きれいに散っているのである。
「9年だ」
私の答えに山田は、まだ話が続いていたのかとわずかに驚いているようである。そう、でももう9年である。
小説家になりたいという俺の夢は、新人賞やコンテストの都度、粉々に散り、その破片を何とか集めて紡ぎ、再び書き始める。そうして身にならない作品を完成させては散らせるのだから、全くの無駄行為である。
「今、9年経過した。来年には10年を迎えることだろう。何の10年かって、無駄を生み出す10年だ」
「そんな卑屈になるなよ。今年もまだ終わっていないのに」
「いや、もう、俺には分かるよ。仕事を辞めてまで無駄を作ることがいかに無意味か。無駄で無意味って、もうそんなの」
俺は生きていると言えるのだろうか。
売れないどころか、選外である。商品にすらなっていないのだ。こういうのって、10年もやれば成るか成らないかくらい分かるものだろうけれど、俺は多分、分かっていてそれに気づかないふりをしている。
「下積みってさ、10年とか20年って聞くとその後の成功が美談になるけれど、30年とか40年ってなると、それは下積みではなくメインだろうって思うよな」
「まだ10年選手にもなっていないだろう。大体、9年も10年もあきらめずに続けていること自体がすごいことだと思うよ、俺は」
自分が持ってきたみやげの菓子を自分で開けて山田はその最中を食べ始めた。俺は慌てて日本茶を入れる。No水分での最中は、口中の水分が持っていかれて大変なことになる。
「『楽しんで無駄にした時間は、無駄じゃない』と、ジョン・レノンの名言な」
ああ、言われるとそうだな。テレビやなんかで見た彼は確かにその一瞬一瞬をとても楽しんでいるように見えた。それらは無駄ではないという。それは俺の今日までの9年もそうだと言うのか。
「知ってるか?ビートルズって結成してから解散まで8年しかグループでの活動していないんだぜ」
知らなかった。コポコポと湯飲みに茶を入れ、その湯気がめがねを曇らせる。
「下積み40年でも良いじゃないか。60歳にデビューしてもビートルズのように8年売れればもしかしたら後生に名前が残るかもしれない。デビューが70歳でも80歳でもいい。好きにしたらいいんだよ。だって、君の人生なんだから」
「・・・・・・それもジョン?」
山田は笑ってうなずいた。
つけっぱなしにして音を下げていたテレビから、『HEY JUDE』が遠く聞こえる。
俺はロックじゃないんだけれどな。そう思いながら、茶を啜る。めがねが曇る。
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【今日の記念日】
6月29日 ビートルズの日
世界の音楽史上に永遠にその名を刻むイギリスのロック・グループ「ザ・ビートルズ」が、1966年(昭和41年)のこの日に最初で最後の来日を果たしたことを記念して「ザ・ビートルズ」の楽曲を手がける株式会社EMIミュージック・ジャパンが制定。日本公演は1966年6月30日から7月2日までの全5公演。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
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