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2月22日ディズニーマリーの日
マリーちゃんになればいいじゃないかと言ったのは、劇団仲間の香坂さんだった。
私は昔からマリーちゃんが大好きだった。だってあんなに可愛らしい猫のキャラクターなんていないもの。ふわふわの白い毛に上目遣いの可愛らしい猫目、横に伸びた頬の毛とヒゲさえ可愛らしい。それになんと言ってもピンク色のリボンの似合うこと似合うこと。もう抱きしめずにはいられないのだ。実際、3歳の頃だろうか、父と母に買って貰った大きなマリーちゃんのぬいぐるみは今でも大切にしている。
ちなみに、悲しいことが起こった時には抱きしめて眠るのが常なのは誰にも言えないでいる。
この劇団に入って役者を目指してまもなく10年が経つ。気づけば年齢は25歳となり、未だ代表作と呼べる物はなく、なかなか花開かないでいる私だ。劇団主催の公演で役を貰い、それなりに評価されてきていると思っていたのだが、つい先日聞こえてきたのは演出家と監督のおそらくは正直な声なのだった。
「坂巻はね、演技がうまくなってきたよね」
漏れ聞こえた声に私はすぐに浮かれた。体中にぞくっとなにか軽い電気が流れたような感覚。それでそれで、と扉の外で聞き耳を立てた。
「うまいんだけど、あれの主役はだめだね」
「主役になりたい欲が大きすぎて強すぎてそれが演技に出ちゃってるよね」
ぞくっと泡だった興奮は一瞬にしてその泡を潰した。
私は悲しくて、痛くて、悔しかったことを覚えている。そうしてその場から逃げ出した。
ただ静かに怒り、泣いて、私は家でマリーちゃんを抱きしめた。それでもしばらく心の整理はつかないのだった。
2、3日ふさぎ込んでいるとついさっき電話がなり、それは香坂さんだった。ほんの少しだけ彼に監督と演出家の先生のやりとりを話してみると、冒頭の提案を受けたのだ。
彼はマリーちゃんになればいいと言う。
「え」
どういう意味かと尋ねると、彼はニィと笑った。
「マリーちゃんて、『おしゃれキャット』のマリーちゃんでしょう」
私は頷いた。
「ぶっちゃけ、俺その映画見ていません。でもマリーちゃんは知っているよ。だから、坂巻もそうなればいいって話」
どういう意味だ。結局主役にはなれないと言う念押しだろうか。
「主役じゃないのに主役級ってめっちゃ格好いいと思うけど」
「でも主役になれないと」
「なれないとどうなるの?人生詰む?」
私は答えに窮し、口を噤んだ。
「詰まないよ。だってもう、そもそも人生の主役なんだから。わざわざ作り話の中でまで主役にならなくてもいいじゃない」
「でも」
「でももなにもないよ。主役になることが目標じゃなく、印象に残る俳優になるのを目標にするといいんじゃないかな。で、それを君の好きなもので例えたところ、マリーちゃんになるわけだ」
主役じゃないのに、誰よりも何よりも目立ち愛されているマリーちゃん。私はマリーちゃんになればいいのか。そう思うと、不思議と嬉しくなった。
「俺はぜひとも毛皮のマリーの方になりたいものだね」
そう言って香坂さんは笑い、私はやっぱりマリーちゃんを抱きしめるのだった。
私はすでに人生の主役なのだから、劇中の主役になれなくても詰まない。おしゃれに、マリーちゃんで居続けるだけできっとそれで十分だ。
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【今日の記念日】
2月22日 ディズニーマリーの日
1970年に公開されたディズニーアニメ「おしゃれキャット」に登場する子ネコのマリー。人気キャラクターのマリーの魅力をさらに多くの人に知ってもらおうと、ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社が制定。パリに住む貴婦人に大切にされている「貴族ネコ」のマリーは、真っ白な毛にピンクのリボンが愛らしく、母親ネコの美しいダッチェスの3匹の子ネコのうちの1匹で、音楽家を目指すベルリオーズ、画家を目指すトゥルーズという兄弟を持つ。日付はこの日が「猫の日」として知られていることから。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
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