1月8日遺影撮影の日
「もっと笑った方がええやろか」
撮ってもらった写真の画像を確認し、祖父が悩むように言った。その中にはまるで好物の蟹でも食べているかのような彼の満面の笑みがある。もっと笑うって、どれだけ楽しいことがある顔をするのだろうかと、見てみたい気もするが、流石に顔が崩れ過ぎるのではないかと私は口を出すことにした。
「もう十分わろてるやろ」
「どんだけ笑うんよ」
言いながら私も、その後に続いた従兄弟の千鶴も自分たちが笑ってしまっていることに気づく。何故に笑っているのかと、写真では満面の笑みなのに今は困り顔の祖父が見る。
「楽しそうに死んだ顔が1番やと思うけどなぁ」
今年で83歳になる祖父は、毎年正月を過ぎる頃に写真館に出向き、自分の遺影を撮ってもらっている。
もうかれこれ今年で10年になる。写真撮影の日には極力家族が集まるのが恒例だ。理由が何であれ、皆で集まることが続くと正月が2度あるように感じてしまう。今年は件の感染症の為に集まる人数はとても少ないけれど仕方ない。
「じぃちゃん!3枚目でいいんじゃないの」
タブレットに映る私の弟が言う。それを聞き、隣の千鶴が自分は2枚目が良いと言い出した。私はどうだろうか画像を覗き込むと、そこにはやっぱり笑っている祖父が何人もいる。さっき確認した満面の笑みの他、ちょっとはにかんだ笑い方であったり、目をぎゅっとつぶって笑ったものだったり、挙げ句は万歳三唱している祖父がいる。万歳三唱している遺影など、私は30年生きてきた中で見たことがない。
でも、と思う。
83年も生きている祖父はもしかしたら万歳三唱をしている人の遺影を見たことがあるかも知れない。それどころか例えば帽子を被っている人だったり、変顔をしている人だったり、そんな遺影を見たことがあるかもしれない。83年も生きていれば私の見た数よりもきっといくらも多いから、可能性はあるはずだ。それは遺影だけでなく、祖父の見た景色や空、会う人や動物、鳥や虫などの生き物も。全部きっと私が見てきた数より多いのだ。聞く声も話す言葉の数も、触れたものも歩いた数も多い。長く長く生きている。
「あら、またあんた泣いて」
母が言い、私は泣いていることに気づく。それを見て祖父が笑った。
「まだ遺影も出来てないのに泣きなさんな」
「だって、どうしても連想してしまう」
写真を見ていた父が私の頭に手を置く。
「まだまだ写真は決まらないんだから、毎年きっと続くよ」
父がいい。祖父が同調する。
「大体な、10年も前から遺影を撮ってまだピンピンしてんねん。納得のいく遺影を撮るまでは死なれへん」
祖父がいつか言っていたことを思い出す。残された人が、『ああ、大満足の人生を生きたんだなぁ』と思ってくれる遺影を撮りたい。
「毎年、満面の笑みで写真撮ってるからやろか、大満足が更新されていってんねん。満足して死ぬためにも幸せに生きなあかん」
そう言った祖父の顔はとてもハツラツとしていた。
死ぬことは生きることだ。
私もそんなふうに思って長生きしたい。
気に入る写真がないと言い、祖父はまた写真を撮ってもらうのだった。
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【今日の記念日】
1月8日 遺影撮影の日
日本初のシニア世代専門の写真館「えがお写真館」を運営する株式会社サンクリエーションが制定。生前に遺影を撮影し、後世に残すことの大切さを多くの人に知ってもらい、遺影撮影を日本の文化として世の中に根付かせるのが目的。日付は1と8で「遺(い=1)影撮(えいと=8)る日」と読む語呂合わせと、正月の晴れやかな雰囲気の中で笑顔の写真を撮ってほしいとの願いから。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
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