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0205_10年遅れ(後編)

※今回は前編後編でUPしています。
 今日は後編です。

 保坂の思いがけない言葉に私は驚いた。「なんで今?」思わず口に出る。
「今日はあなたと出会って10年の日なんだ。僕たち、これまで付き合ってもないけれど、このまま一緒にいると考えるとそれはとても幸せなことだなと思って」
 彼はぬるくなったなと言いながら彼のカフェラテを飲む。私はやっと冷め始めた私のカフェラテを一口飲み、彼に言う。
「君はそういうことに興味がないのだと思っていたから、私、なにも言わなかったのに」
 ふいに、涙がこぼれる。
 10年前に出会ったその時から、私はずっと彼が好きだった。けれど、彼は人を好きや嫌いなどの感情で分けることをしない人だった。私はそれでもいいと思って大事に、大切にこの10年を育て来た。大きな木にならずとも、種のまま、健やかに大きな種になりますようにと毎日とても静かに水をあげてきたのだ。
 何の前触れもなく、発芽した。
「これは僕の大いなる自分勝手だから、容易に受け入れてもらおうとは思っていない。でも、多分、あなたが僕を思ってくれているそれと同じくらい大きな気持ちは育っている。もしかしたら咲く花の色は違うかもしれないけれど、同じ木で同じ花ではあるよ」
 そんな木があるのと笑いながら言うと、あってもなくてもどっちでもいいよ。とそう言って彼も笑った。
「10年も、時間がかかってごめんね」
 ああ、そうかとなんだか妙に腑に落ちた。
 本当に、私は色々なことが10年遅れている。10年前は29歳だ、なんと、結婚適齢期。そんなに綺麗に合わせてこなくてもと思いながら、私はまたカフェラテを飲む。
「あ」
 口にしたのは彼のマグカップだった。ぬるいラテと冷ましたラテは同じ温度になって混ざりあう。
 私の10年は、今やっと追い付いた。


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18時からの純文学
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★著者:あにぃ

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