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11月12日ベビーカーにやさしいまちづくりの日

(いつもの2倍の文字数です※2,400字程度)


 ガッタン、となるとどこかこの下にある別の街に落ちるのでは無いかと思ったりする。

 そのくらい高い段差が私の前にある。少し遠回りすればと思うも、道路スレスレのその歩道には自転車用なのか所々で道がへこんでいたりするので、私達にはあまり向いていない。ならばもっともっと遠回りして……と思うことは一瞬あったけれど、現実的でないので止めた。

 ベビーカーを押しての遠回りは、自分1人の遠回りより随分としんどいのだ。

「ゆっくり行くからね」

 いつものように両手を広げ、ハンドルと座面をしっかり掴む。これ、結構腰にくる。気合を入れて持ち上げようとしたその時、後ろから声がした。

「大丈夫ですか」

 振り返ると、ランドセルを背負った男の子と女の子がいる。声をかけてくれたのは男の子だろうか。とても大人びていた。

「僕たち、手伝います」

 そう言うと、たたたっと駆け寄ってきてベビーカーの座面を二人で掴む。ありがとうと私が言うと、二人とも少し照れるように笑って、せぇのと言った。とてもゆっくり、優しく持ち上げてくれたので、私も安心出来た。

「どうもありがとう。とても助かったよ」

 キャンディーの1つでもあげたいところだが、このご時世だし、授業の前だろうし、そもそもキャンディーなど持っていないので、丁寧にお礼を言った。優しい子供たちだった。ベビーカーで眠るこの子もそうなって欲しいなと思いながら、ホクホクして検診会場までの道のりを歩く。


 検診は無事に終わった。朝から出掛けたのだが、検診のついでにと買い物やら用事を済ませていたら思ったよりも時間が掛かってしまった。気付けば間もなく16時である。帰り道には小学生たちではなく中学生たちが帰路を歩いていた。皆楽しそうに笑っていて、やっぱり私は嬉しくなる。が、間もなく段差だなと思い出しては少しがっかりとした。

「すみません」

 前から女子中学生に声を掛けられた。

「はい、なんでしょう」

 驚いて返事をすると、彼女はどこか様子を伺いながら話し始めた。

「朝、ここで小学生とお話されていた方ですよね」

「え、あ、はい。そうですね、小学生の子たちにベビーカーを持ち上げるのを手伝ってもらいましたけど」

 なぜそんなことを知っているのか。思わず一瞬怪しいと思ってしまった。すると彼女は慌てた様子で続ける。

「突然すみません、朝、丁度教室からここが見えたので思わず見てしまっただけで」

 ああ、そうなのね。私も安堵する。

「あの、お渡ししたいものがあって、ちょっとここで少し待っていてもらえませんか」

 彼女は申し訳なさそうにそう言って、お願いしますと続けた。お渡ししたいものとは何だろう。その興味と、ベビーカーでやっぱりすやすやと眠る息子を確認して、私は了承した。彼女はどうやら近くの学校に戻るようだ。学校は確かに近いからそんなに待たないだろう。

 スマホで今日の夕飯を何にするかと検索していると、彼女は予想より早くに戻ってきた。何やら大きな荷物を持って、息を切らしている。友人なのか、2人の別の女の子もいた。それぞれ同じものを持っているようだ。

「これ、段差に使ってください」

 台形を縦に半分に割ったような大きな台である。その大きさに呆気にとられていると、彼女とその友人たちは段差にその台を設置した。なるほど、スロープのようになる。

「すごいね、とても嬉しいしありがたい」

 でも、なぜこんなものを持っているのか、そしてなぜここに置いてくれるのか。色々な驚きがぐるぐるし始めると、彼女の友人らしき1人が話してくれた。

「私達、演劇部で大道具を担当しているんです。だからこう言うものを作るのは得意でして」

 どこか誇らしげに言い、なぜか私もそれを誇らしく聞いていた。

「今朝、お姉さんと小学生のやりとりを見ていて、私も段差をどうにか出来ないかなと思って、ちょっと作ってみたんです」

 今度は、最初に声を掛けたくれた彼女がやはり照れくさそうにそう言った。私は『お姉さん』と言われたことに少し喜んでは照れながらも、目の前の女子中学生たちの優しさに胸と目頭が熱くなる。

 直接的に関わったわけでもないのに。間接的に話を聞いたわけでもないのに。ただ、少し遠くで見ていただけ。それなのに、その日そのときに行動してくれたことに、ただただ感謝と尊敬を感じていた。これは今朝の小学生にも同じ思いだ。
 誰かのために何かしようと思えるだけでも素晴らしいのに、そこから行動する勇気もあるなんて尊敬する。そして偶然でも、その対象が私であったことが純粋に嬉しい。

「皆さん、ありがとうございます。本当に嬉しいし、助かります」

 少しだけ声が震えていたかも知れない。実際、泣きそうだったのだ。

 この街が優しくないなどとは決して思っていなかったが、こんなに優しい人がたくさんいる街であることは知らなかった。

「この台も頑丈に作ってみたつもりですが、やっぱりずっとは保たないと思います」

 もう1人いた女の子が申し訳なさそうに言い、私はそれに首を振って充分だと答えた。今度は先の誇らしげに話してくれた彼女が続ける。

「演劇部の顧問の先生が、街の福祉委員をやっていて、今朝の話をしたら早速役所に問い合わせてくれると言っていました。多分すぐに改善されるわけではないと思いますが、少しでも通りやすい街になるといいですね」

 その笑顔は、自分がこの街の一員であることをしっかりと思っている表情だった。

 きっとこの子たちのような人がたくさんこの街にはいるのだろう。だって、たった1日で何人もの優しい人に出会えたのだ。もしかしたらこの場所だけではなく、この街の色々なところで色々な人が優しいスロープをかけてくれているのではないか。

 私が感激していると、みぎゃあ、と息子が起きた。お姉さん3人がベビーカーの中を覗き、それぞれあやしてくれる。息子は徐々にけらけらと楽しそうに笑い、思わず私も微笑んだ。

 この街はベビーカーにも、私にもやさしい街であり、私はそれを誇りに思う。

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【今日の記念日】
11月12日 ベビーカーにやさしいまちづくりの日

一般社団法人ベビーカーの利用環境づくり推進協議会が制定。ベビーカーを利用しやすい環境づくりに取り組み、社会全体で子どもをやさしく見守り子育てを行っていく「子育てしやすいまち・環境づくり」が目的。日付は11と12で「ベビーカーにやさしいいい(11)まちで育児(12)しやすい環境づくり」の語呂合わせから。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

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