4月30日 サワーの日
アドバイスが欲しいのではない。
多分そうなんだろうなぁと思った。
私はスマホの画面を見ながらぼんやり想像する。私が彼女の立場であったらきっとそう思うだろうし、実際そんな時もある。
ただポロっと口に出してしまいたかったのだ。
『最近なんかついてないんです』
そう、チャットに打ち込まれたのは午前中のことである。
今日は彼女と私の2人が出勤する日であり、そんなことは口に出して伝えてくれてもいいのに、と思うシチュエーションだったりする。
確かに最近の彼女はついてないかもしれない。年次が上の人への業務引継で、どうしようもないことをきつい口調で言われてしまったり、上司が残した業務について、別の上司から質問を受け、答えられずにいるとこれもまた叱責される。彼女の過失などどこにもないのに。
それをポロっと出してしまいたかったのだろうと思う。対面しているのに、口ではなくチャットで言うあたり、余計にアドバイスも何もいらないんだろうなと感じてしまう。
でも本当にいらないのかな。
「近藤さん、この資料印刷しておいて良いですか」
「あ、うん、いいよ。お願いします」
当人が私の方を向いて言う。私はどこか少し慌てて返事をし、それを任せた。
ねえ、ついてないって言うけれど大丈夫?
そんな一言が口に出そうになるけれど、ギリギリで止めておく。
「あ、すみません、近藤さん、チャットはちょっとグチっちゃっただけなので気にしないでください」
スルーでお願いします、とも付け加えて彼女は言った。
「あ、うん、了解!」
私は笑顔で答えるが、スルー出来る性格ではないのだった。
業務をしながら、彼女への返答をどうしようか悩む。
本当にスルーして欲しいのだろうか。でも言葉通り、このチャットをスルーしてしまえば、彼女の訴えや気持ちはどこにも行けずに漂ったままでいるのではないか。
実はちゃんと言葉を返して欲しいのかもしれない。ならばそれは言葉なのか、アドバイスなのか。でもやっぱりいらないもの?
うーん、よし。
「村上さん、これ総務部に回してきますね」
「はい、すみません、よろしくお願いします」
「あと少し席はずします」
私は彼女に言って席を立つ。
総務部に回す書類など完全なるついでだ。私は早歩きで書類を渡し、その足でエレベーターに乗った。
会社の下に併設されているコンビニに入る。小さなカフェスペースもあって意外に心地よい。コーヒーとそれを購入し、ついでに小さめのラッピングバッグも買った。
カフェスペースに腰をおろして、財布に忍ばせた小さなメモに一言だけ書く。
『そんな日もある!大丈夫!今度是非一緒に』
それだけ書いて、私はメモとそれをラッピングバッグに入れた。
『それ』とは、『寶 極上レモンサワー』である。先日聞いた、彼女の家飲みの定番商品らしい。私も同じものを定番にしていたので話が弾んだことを覚えている。退社のタイミングを見て机にこっそり置いておこうと思う。
コレが正解かどうか分からないけれど、たまには温かい言葉よりも心地よさが欲しい時だってあると、私は思う。
あ、自分にも買って帰ろう。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【今日の記念日】
4月30日 サワーの日
京都府京都市に本社を置き、焼酎、清酒、ソフトアルコール飲料、調味料などさまざまな商品の製造、販売を手がける宝酒造株式会社が制定。甲類焼酎を炭酸で割って飲む「サワー」をもっと多くの人に楽しんでもらい、サワー市場全体を盛り上げるのが目的。日付は一年を通じて月末に同僚や友人、家族と一緒に「サワー」を飲んで絆を深めてほしいとの想いと、30を「サ(3)ワ(輪=0)ー」と読む語呂合わせから毎月30日に。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?