見出し画像

5月8日 声の日

 (いつもより少し長めです※2400字程度)

 私は、私の声が嫌い。

 鼻にかかったようなぼんやりと滲む声。口から出たその声は、私の耳を通り骨を振るわせて頭の中に響くので、自分の声はよく分かる。

 私は、私の声が嫌い。

「あ、高山さん、ちょっと」

「はい」

 課長に呼ばれ、私は小さく返事をして向かう。もしかしたら私の返事など聞こえていないかもしれない。自分の声が苦手だから、話す声も返事も小さくなってしまうのは仕方ない。

「私が、ですか」

「うん、急で申し訳ないんだけれど、犬塚さんが体調を崩してしまって休みになったんだ。君だったら、プレゼン内容も把握しているし、なにより商品愛は強いんじゃないかと思って」

 課長は、午後のプレゼンを犬塚さんに代わって私が行うようにと言った。急だなと思ったが、彼の言う通りである。プレゼンする内容は彼女と一緒に内容を作ったので分かるし、そして私はその商品が大好きである。子供向け菓子の新商品なのだった。

 ただ、私には問題がある。

「でも、私、プレゼンはやったことないですし、自分の声にも自信がなくて」

「そうか、プレゼンは初めてですか。うん、じゃあ良い経験になると思います」

 そう言って彼一人が妙に納得した顔をして笑った。そして、ではよろしくと言ってどこかに言ってしまった。一人残された私は困惑しきりである。

 どうしよう。人見知りも緊張しいも手伝って、私はプレゼンが苦手なのだ。だから今まで経験がないと言うこともある。つまり、避けてきた。大勢の人に私の声を聞かれるなんて想像しただけでげんなりする。

 ただ一方で、課長の言うように良い経験になると言うことも分からなくはない。私は仕方なしにそれを引き受け、早速準備にとりかかった。

 会議室を借りて一人練習をする。

「こちらの商品の魅力は3つございます。まず1つは・・・・・・」

 だめだ、自分の声が気になって先に進まない。この様子ではプレゼンを聞いているお客様も商品より私の声が耳障りとなって集中できないのではないか。そんな不安さえ浮かんでしまう。

 何度も練習し、話す内容や言葉は詰まらずに終えることが出来るようになった。やっぱり声は気になってしまうけれど、こればかりは今の時間でどうにか出来るものでもない。でも・・・・・・。どうしようもないことばかりが頭に浮かび、気づけば時間になっていた。


「では、高山さんよろしくお願いします」

 課長の案内で私は前に出る。

 お客様は5名、多くない人数だ。けれど人が少ない分、私の声もクリアに聞こえる程度の部屋の空間がある。

 つまり、私の嫌いな声がちゃんとお客様の耳に届くと言うわけだ。

「それでははじめさせていただきます」

 私は意を決してプレゼンを始めた。

 練習のかいあってか、内容はとてもスムーズに話すことが出来た。話しているうちに段々と商品アピールへの熱がこもり、自分の声はほとんど気にならなくなっていた。目の前のお客様の反応を見る限り、表情は柔らかく時折頷いていたりと、こちらの意図する点は伝わっているのかもしれない。

「以上で、私からのご説明を終わらせていただきます。ご静聴、ありがとうございました」

 私は何とかやりきったという思いでプレゼンを終えた。するとお客様の一人が手を挙げた。

「ご説明いただきありがとうございます。4ページのポイントをもう一度お話いただけますか」

「承知しました。申し訳ございません、お聞きづらい声だったかもしれません」

 私はそう言って指定されたページを再度説明した。

 やっぱり、聞こえにくかったのだろうな。

「以上となりますが、いかがでしょうか」

 おずおずと反応を伺ってみる。すると先方はとても穏やかに笑ってくれた。

「大変よく分かりました。ありがとうございす」

 私も礼を伝え、その場を終えた。


 ああ、大仕事が終わった。すでに契約は完了しているから、提案プレゼンではなかったので、そこまでの重圧はなかったものの、なにより初めてのプレゼンであること、自分の声を人に聞かせると言うことがどうにも気になって仕方がなかった。

 なんにせよ、無事に終わって良かった。

「高山さん」

 名前を呼ばれ、振り返ると先ほど質問をいただいたお客様がいた。

「本日はありがとうございました」

 改めてのお礼を言われ、私もあわてて頭を下げた。

「それと、もし勘違いだったらすみませんが」

 彼はそう言うと私の表情を気にするように言葉を続けた。

「声に自信がなかったりしますか?」

 図星をつかれ、私は一瞬固まってしまった。

「すみません、お話している時と、ご挨拶の時とでは声の具合が違うなと気になっていて。それに、僕がもう一度説明をお願いしたときもご自身の声を気にされていたようなので」

「失礼しました。恥ずかしながら自分の声に自信がありませんで」

 恥ずかしいと思いつつ、正直に話してみた。自分の耳に入る自分の声が苦手なこと。それを聞かせると思うと気になってしまったこと。

 私の話を静かに聞いてくれていたお客様はゆっくりと笑った。

「僭越ながらお伝えしますが、あなたの声はとても聞きやすかった。きれいな声だと思いますよ。どうぞ自信を持ってください。なにより、声に商品への熱意がちゃんと込められている。声に気持ちを込めるって、なかなか出来ないことかと思います。これはとてもすてきなことですよ」

 思いがけないお褒めの言葉に私はうっかり泣きそうになりながら、お礼を伝える。

「それに、自分の発した声を同時に聞くのって、こう、頭の骨に響かせて耳や脳に声を届けるから実際の声とは違って聞こえていると思います。実際には、ご自分で思われるよりもっとずっとすてきな声だと思います」 

 そう言って、彼こそ自分の声にその気持ちを乗せて伝えてくれたので、私は素直にとても嬉しく思ったのだ。 


 気持ちを込めた声はきっと誰の胸にも美しく届くものなのかもしれない。そう思うと、なんだか急に自信がついた。

 私は私の声でいい。

 私は私の声がいい。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 

【今日の記念日】

5月8日 声の日

いい声、素敵な声の人を増やすことで、みんなをハッピーに、日本を元気にしていきたいとの想いをこめて生まれた「声総研」が制定。「声総研」は声にまつわる意識調査、声を科学的に研究する活動を行うなど、声に関する情報発信機関。日付は5を「こ」、8をエイトの「え」から取って「声」としたもの。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

いいなと思ったら応援しよう!