12月12日クイーン・デー
「ほぅっ」
和葉はため息とも深呼吸ともとれない息を吐く。なんだか、やっと吐き出せた気がするなぁと目を閉じた。そのまま上を向くと、電気の灯りがじわりとまぶたに染みてほの明るい。このくらいの世の中でいいのにと思った。
ここ最近は頭の中と気持が重たく感じ、意識して上を向くことをしなければずっと下を向いたままなのだ。気付いたときには上を向く。そこが屋内ならば電気の灯りを見るし、屋外ならば空を見上げることになる。広く、限りない空を見て、なんてちっぽけな私などと感傷に浸ることはしない。ただ、もう何もしたくないなと思うのだった。
仕事を続けると決めたのは自分である。そのために婚約を解消して彼と別れることを決めたのも自分だ。彼の海外転勤に時分の仕事を辞めて付いていくと言う選択肢は私にはなかった。だから、改めて仕事を頑張ると決めたし、当分独りで頑張ろうと決めた。
でも、もう仕事も疲れてしまった。
仕事辞めたい。
結婚して彼に付いていくべきだった?
「はぁぁぁぁ」
深く、長いため息が隣から聞こえ、思わずその方を見た。その勢いのせいか、隣の彼女と目が合ってしまった。
「あ、すみません」
「いえ、こちらこそ。ほんと、すみません……」
と、言いながらも彼女はまた深いため息をつく。和葉はつい、声を掛けてしまった。
「お疲れですね」
「まぁ、そう。そうですね。あなたもですか」
そう言われ、一瞬目を泳がせたが、そうですと認めて照れくさく笑う。見たところ、30代半ばの歳だろうか。同じくらいに見える。
「ちょっとだけ、愚痴り合いませんか」
やや遠慮がちに大胆な提案をなされ一瞬迷った後、快諾した。快諾。
「結婚して疲れたんですよ」
隣の彼女が言う。
「私は、結婚しなかったことに疲れています」
彼女は少し驚いて見せ、また続ける。
「仕事、辞めなければ良かった」
彼女がそう言うので、和葉も言う。
「仕事、辞めたいです」
2人は顔を見合わせてため息をつく。けれど、すぐに吹き出してしまう。
「なによ、隣の芝生ってもっと青いんじゃないの?」
「ほんとですよ!全然青くないじゃないですか!」
二人して相反する期待に裏切られたことに笑い合った。今日、この場で会ったばかりなのに。
お互い、自分で選んだ道に疲れている。だからこそ、選ばなかった隣の芝生は青いものだと縋りたがったが、実際は青くなく恐らく全く同じ色なのだ。
「自分で選んだ道だからと思って頑張ってみたけれど」
彼女はそっとベンチを立ち上がる。
「選ばない方の道でも正解じゃないってことですね」
和葉も同じく立ち上がる。
「結局、自分の今いる場所で頑張るしかないんだろうね。人生は自己責任なんだな、多分」
うんうんと頷き、足元を揃えてあるき出す。目の前には青くペイントされたおしゃれなカフェがある。
「責任を取って、自分を労らなきゃね!」
そう言って、2人はカフェに入っていった。
残業の予定も夕飯作りの予定も、今日はもうキャンセルです。
自分に優しくできなくては、人にも優しくなれない。
チョコっと休憩はチョコっとではなくガッツリ必要。
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【今日の記念日】
12月12日 クイーン・デー
大阪府大阪市に本社を置く江崎グリコ株式会社が制定。今年も一年、仕事や家事・子育てを頑張った人に、年末に向けて忙しくなる今日くらいはひと休みして、ちょっぴり自由な時間を過ごしてもらうのが目的。日付は12(じゅうに=自由に)と12(じゅうに=自由に)で「自分をチョコっと自由にする日」との意味と、トランプのクイーン(王女)を表す数字の「12」が並ぶ12月12日に。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
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