6月17日 いなりの日
(いつもより少し長めです※2400字程度)
帰ってみると、そこは夢の中のようだった。
「結婚20周年!おめでとう!」
花菜が言うとそれを合図にするように、次女の由樹と長男の秦がパンッとクラッカーを鳴らした。
朝から出かけて18時ジャストに帰って来てねと言われたのはこういうことか。
「おお、ありがとう!すごいなぁ」
夫は嬉しそうに笑ってクラッカーのほやほやする煙の中、リビングを進んだ。カーテンや壁にはバルーンなどでデコレーションされており、まるで誰かの誕生日会である。ここ数年、いやこの数十年はこんな風に誕生日お祝いをデザインする側だったので、まさか自分たちが祝われるとは思わず、早くもぐっとこみ上げるものがある。
ふとダイニングテーブルの上を見るといろんな料理が並んでいた。
「俺たちが全部作ったんだよ!」
興奮気味に秦が言い、私に抱きついた。
「秦、ありがとう!すごいよ」
10歳ともなるとやんちゃ盛りであり、ママに抱きつくなんてことが最近なかったのでちょっと嬉しい。
「じゃあ、手を洗って早速ご飯にしよう」
由樹が言い、秦もハーイ!と言って洗面所に向かった。私と夫も続く。
「びっくりした?」
花菜がいたずらな笑顔で私に言った。18歳になったというのに、その笑顔はもっと小さな頃のそのままである。
「びっくりしたよ。料理もみんな作ってくれたんでしょう?すごく嬉しい」
「良かった!3人で計画して準備していたからね。ご飯もおいしいよ」
花菜はそのまま台所に入り食事の準備を整えてくれるようだ。
「では、改めて。ちょっと6日ほど早いけれど、お父さん、お母さん、結婚20周年おめでとうございます!乾杯!」
花菜の音頭で乾杯がなされた。夫にはカルピスサワーを、私には梅酒を。さすが我が子達である。普段お酒を飲まない両親なのに、好みをよく知っている。
「ねぇねぇ、お料理の説明をお願いします」
私がリクエストすると、秦が立ち上がる。
「じゃあ俺が言うね!」
テーブルにはたくさんの料理が並べられているが、メインとなっているのは『いなり寿司』のようだ。
「ほら、20周年だから20になるようにいなり寿司を並べたんだよ」
秦が言うように、いなり寿司で『20』になっている。私としてはその皿の右下に密かに添えられているきゅうりの『th』も面白い。
「『th』は浅漬けになっているから、それも食べてね」
花菜が言い、由樹が続ける。
「いなり寿司は『2』に並んでいる方がお肉とかシーチキンとか明太子とか色んな具のいなり寿司。『0』の方は基本全部具のない酢飯が詰まっていて、0の中の海鮮チラシの具を乗っけて食べてね」
「そんな工夫があるのね、すごい」
「楽しいいなり寿司だね」
私も夫もうきうきしながらいなり寿司を一つずついただく。彼は肉とご飯の詰まったいなり寿司、私は中にスプーンで取った具を乗せて皿に取る。
『20』に並んだ20個のいなり寿司を取ると、20年間の幸せの一部を味わうような気がして気持ちが高ぶる。口に入れると、それはふわりと広がり、やがて幸福は口の中だけでなく全身に広がっていくのだった。
「20年、どうだった?」
花菜が聞く。私は少し考えて口を開いた。
「幸せだったよ。20年前も20年経った今この瞬間も、もちろんその間もずっと」
ほんと、何が幸せだったかなんて話しきれないほどある。
結婚したその年も、それから1年が経った年も、花菜が生まれて由樹が生まれたときも幸せ。二人がそれぞれ保育園に入園して、気づけば花菜は小学生になった。そして秦が生まれ、由樹はお姉さんになった。今度は由樹も小学生になって、秦は保育園に入園。いつの間にか花菜は中学生になり、秦が小学生になると花菜は高校生、去年は由樹が中学生になった。
そして間もなく、私達は結婚20周年を迎える。
毎年、毎月、毎週、毎日、色んなことが詰まっていて、大切な宝物だった。それはもちろん楽しいことばかりじゃないけれど、それだって思い返せば幸せに変換される。
20年、いつだって幸せだったのだ。
そう、思わせてくれたのは夫のおかげである。もちろん子供達のおかげでもあるが、その子供達と出会わせてくれたのはそもそも夫なのだ。
彼といて、幸せじゃないと思ったことは一秒としてなく、幸せがすぎると思うことの方が多い。いくら感謝しても足りない。
「あなた」
「20年、一緒にいてくれてありがとうな」
私が言うより先に言われてしまった。
「こちらこそ、ありがとう。あなたのおかげでいつも幸せです」
思わず、目に涙が浮かぶ。ああ、泣いてしまう。そう思い、目元に手をやると、視線の先にいた由樹がすでに泣いていた。
「20年、おめでとう」
「由樹、何であなたが泣くのよ」
花菜が驚きながら聞くと、由樹はだって・・・・・・と言いながらやはり泣く。
「ま、私たちも親子喧嘩や兄弟喧嘩をしたりするけど、なんだかんだで毎日幸せだよ」
そんなことを言う花菜だって、うっすら目に涙が浮かんでいるみたい。自分でも気づいたのか、手で目元を覆う。
「幸せだって、口に出せる子供に育ててくれてありがとう」
花菜が言うその言葉を聞いた瞬間、彼女より先に私が涙を落とした。
「はいはい、みんな幸せ幸せ!めでたしめでたしね」
秦がちゃかすように言い、結局みんな笑った。
「20個のいなり寿司があると20年分の幸せを思い出せるね」
夫が言う。すると由樹が何か気づいたようにつぶやいた。
「大丈夫かな、30周年は30個だよ。食べられるかな」
すでに今から10年後のことも考えてくれているらしい。私も夫も思わず笑った。でもほんと、30周年の時の年齢を考えると大変だ。そのころには私も夫も還暦前後となっているのだ。大体、3人の子供達も成人していてこの家にはいないかも知れない。
今、このときをこれまでよりもっと噛みしめよう。
そうしてまた30周年をみんなで祝ってくれるような、幸せな家族でいたい。とりあえず、と私はいなり寿司に手を伸ばす。
「30周年の時にはもう一回り小さめのいなり寿司でお願いします」
そうお願いし、それを口に入れた。
口の中に染み出すだしは、じゅわっと甘い幸せの味。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【今日の記念日】
6月17日 いなりの日
日本の食文化の中で多くの人に親しまれているいなり寿司。いなり寿司を食べる機会を増やすきっかけを作ろうと、いなり寿司の材料を製造販売している長野県長野市に本社を置く株式会社みすずコーポレーションが制定。日付は17をいなりの「い~な」と読む語呂合わせから毎月17日に。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。