0319_消えない
初春の強風が、葉の花を揺らしていた。目の中に細かな細かな砂埃が入り、私は目を擦った。擦るほど、その砂埃が砕かれて目の中で四方八方に広がっている気がする。それでも、私の手は止まらず、コシコシと小気味よいリズムで目を擦り続ける。
もう一方の手に、スマホを握っている。私の少なくともこの5年が詰まっている。このスマホの他には私と当人たちの記憶以外に5年はどこにも存在しない。
この5年、私は彼を愛し続けていた。誰よりも何よりも、私は彼が死ぬほど、1番大切だった。どんな言葉で表しても稚拙で幼稚で安っぽくなるけれど、人生だの命だの、それらが些細なものと思えるほどには彼だけを愛していた。私の5年はその全て。
彼と出会ったのも春の風が強い日だった。仕事で訪れたイベント会場で出会い、そのまま、私は彼に惹かれるようにして何度も会うようになった。彼がどうだったのかは分からないけれど、私はそこからずっと、彼が全てだったのだ。
そして、私の全てだった彼は、またこの春に私のもとを去っていった。ごめんねと、たった一言だけを残していなくなった。ああ、終わるのだなぁとすぐに分かった。
私はその足で彼とよく通った公園に向かった。ベンチに座って、間もなく2時間が経つ。もう18時を過ぎたのに、明るい空だった。見上げても見上げなくても、強風で砂埃が舞い、それが目に入ってはコシコシと擦っている。擦っては、スマホに触れ、また擦ってはスマホを操作した。選択と消去を繰り返すと、間もなく、彼との5年が消えてなくなる。
擦っては触れ、擦っては消し、擦っては······。痛いほどに擦った私の目から涙が落ち、擦れるほどにタップした指先がじぃんと熱い。
私の彼を好きだった5年のデータは2時間してほどなく消える。きれいさっぱり消してやった。
でも、消去したはずなのに、私の中の何かは消えない。何も残っていないのに、消えないでいる。
ちくちくと目が痛む。
私の擦り続けた目はその痛みをしばらく残すことだろう。
帰りに目薬を買って帰ろうと思う。
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★著者:あにぃ