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2月9日大福の日

(いつもより長いです。約2400字)

 はくっ!と大きく口を開けてかぶりつく。口の中には一瞬で幸福が溢れ、私は幸せになれる。

「あ、大福食べたでしょう」

 足音を聞いてすぐに隠したのになぜバレたのか。

「口の周り、白いお粉がついてるよ」

 口を指さしてそう言われ、自分の指で拭うと、確かに白かった。私は手の甲でぐいと口の周り全体をふき取ると、残っている大福を手にした。

「ダイエットするって言ってなかったっけ?お姉ちゃん」

 妹の小春はそう言って冷蔵庫を開けた。グラスに水を入れる。トクトクトクと注がれる水を見ながら、ダイエットを思い出す。

「しているよ。他を節制して大福を食べるダイエット」

「大福食べないダイエットじゃないの?」

 苦笑しながら聞く小春に、私は説明をする。

「ダイエット中でも楽しみは必要なのよ。その楽しみを大福一つに絞っているんだから、これも立派なダイエット」

 自分でも一体何を言っているのか分からないながら言い切った。彼女も大福をひとつ手に取る。

「うん、まあ美味しいよね。私も大好きだし。粒あんいいね」

「そうなんだよ、美味しいの。ちなみに私は断然粒あん派」

 彼女はふぅん、と言った興味のない顔をしながら、もう一口食べる。

「最近はフルーツ大福とかめっちゃ流行っているよね」

「あれは私は食べない。大福はシンプルなお餅とあんこで十分」

 そう、私はシンプルな大福が好きなのだ。一口噛んで、あんことお餅が口に入り、噛むごとにその二つが混ざり合って、絶妙な触感と味になっていくその感覚が好き。そこに例えばイチゴやなんかが入ってくると、そのあんことお餅の混ざり合ううま味のバランスが変わってきてしまう。

 そう思って、私は食べないのだった。

 小春はまたも、ふぅんと言って、最後の一口を口に入れた。もぐもぐと口を揺らしながら話す。

「大福、明日も食べるの?」

 私は温かい緑茶を口に含みながら答える。大福と温かいお茶のコンビはもう至上の喜びである。これは禁断の喜びだ。

「・・・・・・夕飯のデザートにあと一つだけ」

 溜まらず私がそう言うと彼女はわざと感心したような顔をして、痩せそうだと言った。


 そんな風に言われたものだから、もちろん悩んだ。1日に大福2つはさすがに太るだろう。と、言うよりも一応ダイエットをしているつもりなのだ。大福を食べるダイエットって何だ。自分で言っておきながら疑問しかない。

 食べるべきか、止めておくか。でも食べたいという正直な気持ちが勝ってしまう。せめてと思い、夕飯後に1時間のウォーキングをした。

 2月も中旬にさしかかる。日中には暖かい日もあるが、やっぱり夜はまだ寒い。こんな日は温かいお茶と大福を楽しみながらテレビを見てのんびりと。そんなことを思いながら早歩きをしてみればすぐに1時間が経った。

 ただいまもそこそこに、手荒いうがいをし、台所へ駆け込むと、私は急いでティータイムの準備をする。父も母も、小春も食べると言うので皆の分のお茶と大福を用意した。

「お待たせ」

 緑茶の香りの熱い湯気を目にしながらそれを冷ましつつ、私は緑茶を、小春は大福を皆に配る。

 配り終えて席に着くと、ふと何か違和感が気になった。私の大福、ビニールが破れている。その視線に小春が気づいた。

「ごめんごめん、それね、今さっき食べようと思って開けちゃったんだけど、お姉ちゃん帰ってくるから止めたの。まだ手はつけていないから」

 そう言って食べてと促された。

 分かった、と口で言ってみるものの、私の感じる違和感はそれではない気がしている。

「ま、いいか」

 考えたところで私は食べるのだから、なんだっていいのだ。

 そう思い直し、私は午前中にそうしたように、また『はくっ』とかぶりつく。本日2個目の大福はなんとも・・・・・・。

「あ、甘酸っぱい」

「あ、お姉ちゃんいちごだったんだ!お母さんは?」

「私はみかん!お父さんは、あ、栗だね」

 小春と母がきゃっきゃっ、とはしゃぎながら大福の中身の見せ合いっこを始めた。

 私の感じた違和感はこれか!

 妙に大福の大きさがいつもより僅かに大きい気がした。もちろん不自然に破れたビニールも気になったし。なにより見た感じ、大福の中に何かかいる気配がしたのだ。

「騙してごめんね。駅前のフルーツ大福が前から気になっていて。で、ついでにちょっとお姉ちゃんにこう、ドッキリを仕掛けようと」

 全然申し訳ない表情ではない顔で小春は言う。母も父も笑っている。私はなんとなしに全員の顔を見て、思わず吹き出す。

「家族ぐるみで、妙なドッキリしないでよね」

「えーだって、そのまま渡してもフルーツ大福食べなそうじゃん、お姉ちゃん」

 もう何口目かの大福を食べながら彼女は言った。確かに、それは彼女の言うとおりである。
 でも、と思う。

「例えば次にふつうに渡されたら、私多分喜んで食べるわ」

 私はそう言って2口目を食べる。噛んだ瞬間、口の中にじゅわっとイチゴのみずみずしい果汁が滲み、そこに粒あんの優しい甘さが合わさる。それらをお餅がきちんとまとめて、私はそれを咀嚼する。

 つまり、美味しい。

「でしょ?」

「うん、変なこだわりなくもっと早く食べれば良かったよ」

 私が言うと小春が笑う。

「頑なだったのにすぐに懐柔されてる」

「うるさいな、で、小春の大福はなに?」

 私はそう言いながら最後の大きめの一口を口の中に放る。

「私のは・・・・・・シャインマスカット」

 どこか遠慮がちにそう言いながら彼女も最後の一口を口にした。

「あ、やだ。二人とも見て」

 母はそう言ってパタパタとどこかへ行きすぐに戻った。手には鏡を持っている。私たちの目の前でそれを開き、私も小春ものぞき込むように見る。

「二人とも口の周りが同じように白くなってる」

 ふふふ、と母が笑った。父も笑い、私も小春も同じように笑った。

 フルーツ大福も美味しいのだなと私は思う。そうして、きっとシンプルな大福も、今日のようなフルーツ大福も食べれば幸せになる。

 大福は大きな福である。

 ただし、食べすぎて大きくならないように注意。

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【今日の記念日】
2月9日 大福の日

総合食品商社の株式会社日本アクセスが制定。和菓子の代表的な商品の「大福」の記念日を制定することで、小売業での和菓子の販売促進企画を進めるのが目的。日付は2と9で「大福」の「ふ(2)く(9)」と読む語呂合わせから。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。



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