10月17日カラオケ文化の日
「カラオケはスポーツだよ」
そう言った佐野は、もう小一時間マイクを離さない。
「こんな長時間ボールもちっぱなしの競技あるかよ」
高野がそう言って笑うと、佐野は真面目な顔で言い返す。
「喜怒哀楽、全て全力で吐き出すんだ。それも自分の体力と気力の限界まで。その限界が1時間だろうと2時間だろうと本気で続ければ、それはもう立派なスポーツだろう。すでに外国ではスポーツとして認知されているとかいないとか」
最もらしいことを真顔で言うものだから、うっかり取り込まれるところだった。高野は我に返って吹き出した。
「どっちだよ。大体、喜怒哀楽って言ったって、怒りながら歌う人なんて見たことない。ほぼ「喜」じゃんか」
すかさずマイクを通して佐野が言う。
「歌うという『喜』の中に怒哀楽の全てを詰めるんだよ。本気でやってみろ」
マイクをくるりと返すと高野に向けた。高野は、何の青春ドラマなのだと笑ったが、すぐに向けられたそれを取り、おもむろにタブレットを操作し始める。
さて2人は今日、8時から17時までのフリータイムのカラオケボックスに来ている。8時ちょうどに来て、間もなく9時半になる。この1時間半の間、ほとんど佐野がマイクを握っており、10曲近くを歌っている。残る7時間半、このカラオケボックスを2人はスポーツの場として過ごすことにした。
「では、歌います」
そう言って神妙な面持ちで言うと、高野はひとつ大きく息を吸い、止めた。静かなイントロが流れ、ああ、あの曲!と佐野が分かるとようやっと高野が止めていた息を吐き、歌い出す。
「♪永遠なのか本当か~♪」
その曲名に習い、情熱を込めて歌う。高野は既に高揚していた。高野も佐野もこの曲を作ったバンドが大好きだ。
佐野は好きなものを後に残しておくタイプ、高野はその逆だった。佐野はそれまで1時間もマイクを握っていたが、まだこのバンドの曲をひとつも歌っていない。
ノリもテンポもよく、歌詞の熱量が高いこの曲を、高野の最初の曲に選んだのは正解だった。情熱の薔薇を胸に咲かせた2人は勢いそのままに、片っ端から同じ歌手の歌を交互に歌った。中にはしんみりと胸を温める歌もあり、それを途中休憩に見立て、自分の体力をコントロールしながら歌う。
全曲歌い上げると、相当なカロリーを消費したようで、二人揃ってぐったりしていた。
「はぁ、疲れた」
佐野が思わず息を漏らす。高野も同調し、大きく息を吐く。二人とも肩で息をするようになり、大きく呼吸をしなければ苦しいほどに疲労していた。これはもうどう考えても、と高野が思い始める。
「な、カラオケはスポーツだろ」
佐野が得意げに言うと、若干悔しそうにしながらも高野は笑って認めた。
心地よい疲労である。身体的な疲労はあまりないはずなのに腹や胸、背中の筋肉がキシキシと泣いている気がする。そのくせ、気持ちは何とも爽快である。それはまるで全力疾走をしたあとのような、風を切る爽やかだ。良い気分だと頬を綻ばせ、高野は時計を見る。
「おいおい、まだ4時間も残ってるよ」
佐野は立ち上がる。
「持久走だな、これ」
そう言うと再びマイクを手にとった。
「持久走なら、じっくり己と向き合える」
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【今日の記念日】
10月17日カラオケ文化の日
カラオケ機器の販売及びリースに係わる事業者の全国協議機関である全国カラオケ事業者協会が制定。「カラオケは我が国が生んだ最大の娯楽文化」との認識から、カラオケを通じた文化活動の支援や文化交流を行い、その普及を図るのが目的。日付は団体設立日(1994年10月17日)から。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
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