7月21日 ナツイチの日
本屋で彼女が一人でいるのを見かけた。
いつもの雰囲気と違って見えたことを告白しておく。
彼女はクラスの中心にいるような人である。いろんな人に囲まれて、人気者と言うのは彼女のことを言うのだろう。元気良く、笑顔の似合う人である。同級生はもとより、後輩や先輩にも慕われたり気に入られているような彼女。
その彼女が本屋の一角で立ち止まっている。同じく本屋にいた僕は遠巻きにその売場を確認した。毎年見る夏の読書フェアのようだった。彼女はそのラインナップを見て、手に取り、裏のあらすじや帯の紹介文なんかを見ているようだ。そしてその売場の一番手前の角に積んである本を手に取り、レジの方へに向かっていった。
心なしか、その足取りは軽く、表情も嬉しそうである。
声の掛けられない僕はしばらくその遠巻きにいた。
彼女は本を読むのか。
イメージとの違いに僕はどこか脈が速くなっているかもしれない。
彼女が一人静かに本を読むイメージはこれまでの僕にはなく、正直驚いていた。
出入り口の自動ドアが開き、店員さんの「ありがとうございました」が聞こえる。彼女は本屋を出ていったらしい。僕は妙に安堵して彼女が見ていた売場に向かう。
青い帯のついた本がずらりと並び、けれど筆者やジャンルは様々のようである。彼女が手にした本は確か右の手前の角だった。
僕は別に彼女が特別に好きだなどと言う訳ではない。そんな訳ではないけれど、彼女が何を読むのかにはちょっと興味を持ったのだ。
僕は彼女が買っていった『終末の・・・・・・』
「斉藤くん?」
「え、あ、関野さん!?」
後ろから声を掛けてきたのは、まさに彼女本人であった。さっき本を購入して店を出たのではなかったのか。なぜ、どうしてが頭に渦巻き、彼女を直視できないでいる。
・・・・・・直視出来ないのはいつものことだけど。
「あ、その本買うの?私と一緒だ!おもしろそうだよね」
彼女は僕の手元を見てそれに気づき、言った。私と一緒、そらそうである。彼女が購入するのを見て僕は手にとっているのだから。
「ああ、うん、一緒なんだね。僕も、うん、おもしろそうだなと思ってさ。この『終末のプール』」
あわてて僕がそう言うと、彼女は小さく笑った。
「うん、それね、プールじゃなくてフールね」
「え、ほ、本当だ」
ふふふ、と小さく笑う彼女も新鮮で、僕はついに彼女の顔を見る。そしてすぐに目が合ってしまう。彼女はにこりと微笑んだ。
「読んだら感想言い合おうよ。あ、ほかにも買うの?私ももう一冊買おうと思ってさ。貸しあいっこしよう」
そう言って彼女はスマホを取り出す。
「連絡先、交換しませんか」
照れてはいないはずだけど、照れたように見える彼女がやっぱり可愛く、僕はただうなづいた。
「読書友達が出来て嬉しい!」
「あ、うん、俺も」
連絡先を交換し終えると、彼女はまたねと言って今度こそ本当に店を出た。
きっかけはどうであれ、僕の一夏の恋と、特別な一冊が今ここに誕生したことは紛れもない事実である。
フェア対象の本を彼女とすべて貸し借り出来るよう、読破してやろうと思う僕の夏が今、この場で始まった。
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【今日の記念日】
7月21日 ナツイチの日
株式会社集英社が制定。「ナツイチ」とは集英社文庫が「夏休みに一冊、中高生にも文庫を手に取ってほしい」と毎年実施しているキャンペーンで読書習慣を普及するのが目的。日付は7と21で「ナ(7)21(ツイチ)」と読む語呂合わせと、キャンペーン期間中であることから。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。
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