1月27日船穂スイートピー記念日
「つきあってください」
「ごめんなさい」
吉野は一瞬顔を曇らせたが、すぐにほほえみ、再び口を開いた。
「じゃあ、お会計で」
彼が持っていたスイートピーを1本差し出す。それは吉野がたった今、目の前の女性に差し出したものだった。
吉野は昨年末に仕事を辞めた。新卒から10年勤めた会社であったが、ここ数年に配属された部署で上司や同僚とうまく人間関係が築けなかったことから退職するに至ったのだ。
身体は至って元気であったが、心の中は随分と弱っていたようだ。本人曰く、豆腐メンタルが凍らされた感じだったらしい。それを聞いて友人である平川は、水分が抜けて固くなるから強くなるなと笑った。
花屋の店員に振られた吉野は、実は後ろにいた平川をつれて自宅に戻った。随分と殺風景となった部屋は、明日には引っ越すのである。
「退職してから引きこもっててさ、年が明けて外の光を浴びようと出てみたら、あの花屋さんにさ、こう、蝶々が」
吉野が興奮気味に話だし、平川はまたかとあきれ顔で聞いていた。
「彼女はその蝶々をまるで蝶々みたいにくるくる追うんだ。蝶々みたいな花をしたスイートピーを持って」
そう言いながら、彼は今日購入したスイートピー1本を大切に持ち、飾っていたそれとあわせる。どうだと言わんばかりの顔で平川に見せつけた。
「なにそれ、まさか今までの花全部?」
「うん、そうだよ。すごいだろう。船穂のスイートピーは長持ちするんだ!俺さ、彼女をあの花屋さんで見て、ああこんな夢のようにすてきな一角もこの世にはあるんだなぁって、本当に思ったんだ。それで、なんか感動して前向きになっちゃって、新しい仕事もちゃっかり決まっちゃって」
嬉しそうな顔でその花を抱き、吉野が言う。
「で、その日から告白して連敗中だろう?」
「うん、そうなんだよね。だからさ、ほら最終兵器」
そう言って今度はニヤリと笑い、あきれている平川を連れ、再び花屋向かった。懲りないなと平川が言うが、吉野は意に介さない。
「明梨さん!お友達になってください!」
店に着いて早々、彼女、明梨に向けて大きな花束となったスイートピーを渡した。
「これ、今までの?」
「はい、今までの全てです。お友達でお願いします」
明日もう引っ越すのに。平川はそう思いながら二人を見ていた。すると明梨が微笑む。
「お友達なら、よろしくお願いします」
「え」
自分から申し込んだはずなのに、彼女からの返事に思わず聞き返してしまう。
「どうぞよろしく」
それは吉野があのとき見た、蝶々のようにひらひらと舞う彼女の笑顔だった。吉野がなぜ友達なら良いのかと聞くと、彼女はスイートピーを愛しそうに見つめて言う。
「スイートピーの花言葉には別離とか門出があります。恋人同士だと何となくそれは悲しいなと思って、受け取れませんでした。でも友達なら、例え離れていても友達で思い合えるんじゃないかなと思って」
そう言って、そっと微笑んだ。
吉野もつられて笑い。小さく拳を握り、切り出した。
「実は明日・・・・・・」
彼らのやりとりを見ながら、二人の関係がいずれ新しい『門出』を迎えられますようにと平川は思ったが、口にはしないのだった。
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【今日の記念日】
1月27日 船穂スイートピー記念日
品質の良さから花束やフラワーアレンジメントに多く使われ、全国有数の出荷量を誇る岡山県倉敷市船穂町のスイートピーをもっと広くアピールしようと「JA岡山西船穂町花き部会」が制定。日付は品質・量ともに安定して、本格的なシーズンを迎える1月と、1と27で「いいふなお(良い船穂)」と読む語呂合わせから。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
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