2月23日ふろしきの日
荻野広大は憂鬱だった。今日が来なければいいのにと昨日願った願いは叶わず、時間にならなければいいのにと言うさっき祈った願いさえ叶わない。
目の前には富永遼一もいる。
帰りたい。そう、広大は思う。
富永遼一は幼稚園からの親友だった。地元のサッカークラブで仲良くなり、そのまま同じ小学校に通い、もちろん二人揃ってサッカー部に入部した。お互いかけがえ無く頼り合い、もちろん喧嘩もするが、翌日にはケロリと2人遊んでいるのだった。いつも一緒にいるべき存在。本当にそう思っていた。だからこそ、小学6年生の冬、遼一は隣の街へ引っ越すことをなかなか言い出せなかった。また、間近になってそれを聞いた広大もなかなか受け入れることが出来なかった。悲しさと寂しさと悔しさを受け入れるのならば、無かったことにしたかったのかもしれない。
引っ越し当日、広大が見送りに行くことは無かった。
それが約1年前。お互いバラバラの中学に通い、それぞれのサッカー部に入り、今日まで会うことは無かった。
目の前にいる遼一はじっと広大を見ている。睨むわけでも悲しむわけでもない表情は、何か広大を探っているようだ。
「ふろしき、広げてみた?」
やっと口を開いてくれた。
ふろしきは、今、広大が遼一に差し出しているそれである。
遼一が引っ越した次の日、部室の遼一が使っていたロッカーの中に青いふろしきを見つけた。それは遼一のボールを包んでいたものだった。広大は悩んだ末に持って帰り、部屋にしまっていた。
きっかけにできるかもしれない。
そう思ってそのふろしきを今日この場に持ち込んだ。
「広げてない」
きっぱりと広大が言う。持ち帰って以降、今日持ち出すまで触れることはしなかったのだ。
すると急に遼一の顔が緩んだ。
「やっぱりそんなことだと思った」
「え」
広大は驚く。一体何のことなのか。遼一は広大の手からふろしきを受け取ると、くしゃくしゃと広げ始めた。そしてキレイにたたみ直すように、その面を出す。
「俺、ここにメッセージ書いておいたんだ」
今度は遼一にふろしきを差し出され、広大は受け取る。そこには確かに文字が並んでいた。
『急に引っ越してごめん!でもずっと友達でいたい!いつか試合しよう!そして大きくなったら同じチームでプレーしよう!』
それは紛れもなくメッセージである。遼一の素直な気持ちをこのふろしきはずっと包んでいてくれたのだ。
「やっぱりなー。ちゃんと住所も書いておいたのにさ」
「ご、ごめん、気付かなかった。だってこんな」
広大が弁解すると、遼一はぐいっと腕で目元を拭った。良かった、とそう呟く。
「とにかく、ふろしきに書いた夢は今日一部叶う!プロリーグじゃないけど、その始まりだよ」
遼一がいい、広大も笑う。
「おう!ここからまたスタートだ」
広大が手を出し、遼一もそれを強く握った。
二人の友情を包み込み、大切にしてきたふろしきは、そのまま広大が持っている。試合が終わると、広大はボールをふろしきに包んだ。結局この一年もずっと遼一と一緒だったのかとふと思い、広大は笑った。
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【今日の記念日】
2月23日 ふろしきの日
1000年以上の歴史を誇る風呂敷は、繰り返し使え、環境保全に役立つエコロジーな商品。その風呂敷の価値を広くアピールしようと「京都ふろしき会」が制定し「日本風呂敷連合会」が記念日登録を申請。日付は2と23で「つ(2)つ(2)み(3)=包み」の語呂合わせから2月23日に。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。
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