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鈍-nibi-⑦【連続短編小説】

※前回の「鈍-nibi-⑥」はこちらから

 りょうちゃんは、大学のゼミで一緒だった。当時は特別に仲が良かったこともなく、他の同級生とともに必要があれば話す程度である(だいたいにおいて私に特別仲の良い友人はいなかった)。
 そのまま大学を卒業し、就職し、驚いたことに入社後の研修で同じ会社に入社していたことを知ったのだった。

 それでも別に仲が深まることはなかった。

 きっかけとなったのは、何度目かの本社研修のその昼休みの時である。早くに昼食を終えて、私は近くの小さな本屋に入った。
 そこに、彼がいた。
 彼の手には、かわいらしい女の子が頬を寄せたイラストの本があった。

 私の視線に気付いた彼は、驚いた顔を見せたが、すぐに意地悪そうに小さく笑った。さも私には一切に関係がないことだろうと言いたげなその顔に、私は少しゾクリとした。彼はそのまま足を早めることもゆるめることもなくレジに向かってその手の本を購入して店を出た。

 あとになって彼の持つ本を調べたところ、それは義理の姉妹の純愛(けれど片思い)を描く漫画であった。

 義理、ではなく血縁でも良いかしら、などと思いながら私は決めた。彼に、私の妹に対する愛を話して協力を仰ぐこと。


「僕は『姉妹愛』に興味がある。だから今のところ、あなたにも妹さんにも単体では特別興味はないけれど、それでいいだろうか」

 後日に彼に伝えてみたところ、第一声がこれだった。

 私としてはかなり奇抜なお願いをしたつもりであり、それなりの覚悟があった。大学、会社と、彼と同じ社会に身を置いていることを考えると、彼が私のお願いを聞き入れてくれなかった場合にすべてをバラされて面倒なことになることも考慮していた。そもそも聞き入れてくれるだろうか、とも思っていた。だってつながりは「姉妹愛」のみである。それに創作を好む人の中にはリアルを嫌う人もいると聞いたこともある。

 なので、存外、快く引き受けてくれたのは奇跡だった。

 さらには私の希望通り、私たちそれぞれには特別な感情は抱かなそうである。彼が興味を抱くのは『姉妹』であり、私とリオ、単体ではおそらく何も感じない。それは大いに重要である。彼には、是非私とリオを繋ぐ、その役割だけになってもらいたいのである。

 

 私はリオのみを愛している。

 私の最大の望みはリオが一生私を想っていてくれること。

 そのために、私と一緒にリオを見守って欲しい。リオが私のほかに視線を移すことのないよう、彼女が哀しまないのであれば手段は問わない。

 私は初めて自分以外の人に思いを吐露した。

 こんなにも私の内面にはリオへの愛が溢れており、それを口に出したことで実感し私は感涙にむせぶ。それを、彼はまたいじわるそうな顔で小さく笑った。

「ふふふ、狂っているね」

「愛や恋ってそう言うものだと、谷崎潤一郎あたりで学んだのだけれど、もしかしたら偏っているかもしれないわ」

 私が言うと彼は、僕も好きな作家の一人だと笑った。

「僕は『姉妹愛』が好きだよ。何とも尊い」

「ええ、そう思ってくれると幸いよ。あなたの望む姉妹愛の形を作り上げてくれるといいわ」

 ああ、私のリオへの愛がまた一歩永遠に近づくのかと思うと、それはそれは震えるほどに興奮した。 

 勢いのままに彼にキスをした。唇の皮膚は厚く、軽く噛んだところで痛みを感じることもないだろう。舌先でなぞると、ところどころで縦筋が切れている。鉄の味がする。

 リオのそれとは大きく違う。

 リオの血の味は甘いもの。

                                                                             続                        -鈍-nibi-8⑧【連続短編小説】-                                             10月24日 12時 更新



 

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