
3月9日ミックスジュースの日
「斉藤さん、プレゼン資料、やり直してね」
上司に呼ばれて向かうと、彼女は投げるようにして私の作成したプレゼン資料を返してきた。またか、と私は心底げんなりする。
「どこを修正すればよろしいでしょうか」
「そんなの自分で考えなさいよ。子供じゃないんだから」
そう言うや否や、彼女は受話器をあげてどこかに電話し始めた。おっしゃるとおり、私は子供ではないですがエスパーでもありません。そう思ってじっと彼女を見てみるが、電話口に向けた妙に軽い猫なで声に腹が立つ。
仕方がないので席に戻り、資料をめくり始めた。上司の指摘はいつものことだが、私にはその修正点が分からないのだった。聞きたくても、いつも聞けないでいる。
私は毎朝ミックスジュースを飲む。もちろん今朝も飲んできた。
ばななとみかん、牛乳をただ混ぜて作るだけだが、美味しいのだ。そして、それはただおいしいだけではない。ミキサーにジュースの材料とともに私の中のいろんなものを入れてそれを一緒に撹拌するのだ。例えば上司の一言、急な雨、取れなかったランチの時間。色々、前日のイヤなことなどすべてジュースにしてしまうのだ。私の中の黒くなったものたちがおいしいジュースに変わる。それを一気にごくっと飲み干すのが日課なのだ。
だから、それを飲んだ今日だって『なんでもかんでもいいちょうし』なはずなのだが、どういうことか今日はなかなか気持ちが上向かない。
「休憩とります」
これではだめだと私は席を立つ。気分転換にランチに出かけることにした。向かう店は決めている。喫茶『マーブル』だ。
「いらっしゃいませ」
マスターが出迎え、席に案内してくれる。
「ミックスジュースと食事は日替わりランチをお願いします」
「かしこまりました」
会社の近くの小さな喫茶店。店前にあるメニューにミックスジュースとあったので前から気になっていた。どこか誘われるようにして、今日初めて入ってみたのだ。
「お待ちの間に、そこのアンティークめがねでも掛けて遊んでみてください」
「・・・・・・どうも」
私は会釈しておく。どうしよう、掛けてみる?いや、でも。
「はい、お待たせ」
「え、あ、どうも」
迷う間に目の前にミックスジュースが運ばれた。あっという間である。めがねをかける間もなく、私は一口飲んでみる。
「あ、これは桃?」
ほんのり甘い優しい桃の香が口の中に広がった。
「良くお気づきで。あとははちみつも少し。いかがです?」
美味しいですと私は微笑んだ。
「ふわりと桃の香りがして優しい甘さで美味しい。なんだか胸の支えがほぐされてなくなっていくような」
私がそんな風に感想を言うと、マスターは小さな声で内緒話のように教えてくれた。
「隠し味に、『言えないこと』を入れてみました。なかなか言えないことをミックスジュースにして混ぜてしまえばこう、つっかえもとれるのでしょうね」
マスターはなんちゃってと笑いながらキッチンに戻っていった。
おかしなマスターである。でも、ちょっと救われた。
言えないことをミックスしてくれたのね。それをぐいっと飲み干せば、上手く消化されるかもしれない。
今日はいいことあるかもね。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【今日の記念日】
3月9日 ミックスジュースの日
大阪府大阪市でコーヒーストアの経営などを手がける「おおきにコーヒー株式会社」が制定。自社のメニューにもある大阪のエナジードリンク「ミックスジュース」を世界に広め、みんなで笑顔になろうという「おおきに!ミックスジュースプロジェクト」を推進するのが目的。日付は3と9で「ミ(3)ック(9)ス」の語呂合わせから。「おおきに=ありがとう=thank you=39」にも掛かっている。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。